Black moon T






シャーマンファイト会場前の入り口付近で、蓮達は次に控える相手の試合を見る為にそこにいた。

「やっべ〜!おい蓮!もう試合始まるぞ!?」

「馬鹿か貴様は。試合が始まるのは11時半からで、今はまだ10時半だろう?」

蓮に言われた一言でしまった、と言わんばかりの顔でホロホロは立ち竦んだ。

蓮は気にもせずに階段を上がっていく。

「…!?」

「わっ!!?」

蓮が階段に差し掛かった時に、蓮が来た方向とは逆の通路から走って来た女の子とぶつかった。

女の子は走って来たせいで床に尻餅を付き、その座り込み方から蓮はぶつかった事の罪悪感に見舞われた。

「大丈夫か?」

「あ、…大丈夫です。」

蓮は手を差し出し、女の子が手を握ったと思ったら引き上げて立たせた。

女の子は肩より少し短めの髪をなで、奥の深い黒色の目をして、黒が中心の服装をした子だった。

「…?」

蓮はその子を見た瞬間、何故か昔の記憶を駆り立てられた。

「ありがとう。」

考え込む連とは裏腹に、赤面した女の子はぺこりと頭を下げる。

「あ、あぁ…気にするな。」

女の子が耳元の髪の毛を掻き揚げた時、耳に付けた月のピアスを見て蓮は思い出した。

「―――?」

「え?」

「「は?」」

蓮が名前を呼んだ瞬間、と呼ばれる女の子とホロホロ&チョコラブは間の抜けた声を出した。

「何で私の名前を知ってるの?」

は驚きのあまりに顔を手で隠した。

「覚えてないのか、
俺だ!蓮だ!!」

蓮は衝動に駆り立てられ、の肩を掴んだ。

は一瞬体を震わせ、戸惑った表情をした。

そして申し訳なさそうに蓮を見つめた。

「…ごめんなさい…貴方の事、思い出せない…。」

「…!」

蓮は少し感傷的な表情をしたが、下を向いての方から手を退けた。

「…すまなかったな。変な事で呼び止めて。」

―――ずっと探していたのに…。


「えっ…別にっ!私の方こそごめん!
 …じゃぁ、これから試合だから、バイバイ!」

は手を振るとくるりと方向転換して走って行った。

「あの子、知り合いか?」

肩に手を置きながらいきなりチョコラブが蓮に話しかけた。(いたんだ・・・。)

「あ、あぁ…幼い頃の知り合いだ。
だが…いや、人違いかもしれない…。」

―――俺はあいつを探し求めていたのに…。


「でもよぉ。名前が合ってたんだからそれは無いと思うぜ?」

使わない頭で考えながらホロホロは言う。

「それに何か確信があったから名前を呼んだんだろ?」

「まぁな…。」

あいつがつけていたあのピアス…あれはこの世で唯一の物だと昔が言っていた…。


じゃぁあれは一体誰なんだ?

ただ忘れているだけなのか?


俺は忘れていない。

一人だった俺に初めて出来た友達だと思っていたから。


だけどにとっては…


俺は…にとって…忘れ去られた記憶の中だけの人物なのか…。







昼間の会場の中、選手入場口に向かう廊下を歩く出場者達の中の最後尾に、あいつはいた。

「――…。」

虚ろな目をして、ただ一本道をは歩いていた。

ふと立ち止まったかと思うと、は下を俯いた。


「――くすっ……。」

は突然、微かに肩を震わせて笑い出した。

そして、顔を上に向けた。


「…変わってないね…本当に…。」

誰も聞こえない声の大きさで、皮肉を言うかのような口調では何も無い上を見上げた。



蓮…私はあなたを忘れてなんかいないわ。

ただあなたが知らないだけ。


私を一番知っているのは私自身。

だからあなたは知らない。

『…様、そろそろ時間です。』

「…うん、分かってる。今行くよ。」

持ち霊のの声が聞こえたかと思うとは再び歩き出し、入場口が開いて行く。

扉の隙間から入ってくる光が眩しく、そして試合の始まり以上に何かの始まりを意味するかのように見えた。



傍らにいた筈の君は、別人かの様に私の事を忘れていた。

貴方の元を去った私は、昔と変わらない貴方と巡り会えた。


あの時

何故君と離れなければいけなかったのだろうか。


この時

何故貴方は今も私を覚えていてくれたのだろう。


気付いた時には、私達は一人ぼっちだった。