雪なんて嫌いだ。冬なんて嫌いだ。身動きが取れなくなるし、何より寒いし。

今日は随分冷え込むらしい。いつもより一枚多く厚着してきたがそれでも寒いものは寒かった。

部活も終わって、家に直行。そうすれば温かいコタツが自分を待っているのだ。




























 の  を 引 い て

































自分より一つ下くらいの女の子が道端に小さくうずくまっていたから、いつもの調子で

「どないしたん?」

そう声をかけてしまった。手を差し出してしまった。早く、家に帰らなければいけないというのに。

女の子はふと顔を上げると、少し笑った。そして猪里の手をとって立ち上がる。

不覚にもときめいている自分に嫌気がさす。


「……えと、今日やらなければならないことがあったんです…。でも落し物をしてしまって…。」


今にも泣き出しそうな目で見つめてくるからあわてて後退りする。


「わ、あ、いや、泣かんといて!…オ、オレでよかったら手伝うけん。」


言ってしまった。あーあ、これでは帰るのは早くても一時間は先延ばしになるだろう。


「それで、なんば落としたん?」

「……小さい箱なんです。宝箱みたいな、形をした。あれだけは…なくしちゃいけなかったんです。

 でもあたしドジだから落としちゃって…ここら辺に落ちてるはずなんです。」




猪里は心の中で大きくため息をついた。

小箱なんて見つかるのだろうか。絶望感に浸る猪里がなぞる景色に赤い小さなものがうつった。

ぴたりと視線をとめる。



「なぁ、もしかしてそん箱は赤い色ばしとったりするん?」

「え、はい。そうです。」


猪里はちょっと駆けていってポストの下に落ちていたものを拾うと、彼女に見せた。


「もしか…して…これやなか?」

「…え………これです!これですよ!何で分かったんですか?どうして見つけられたんですか?」



彼女は箱を受け取ると、小さいこのようにきゃあきゃあとはしゃぎ始めた。

何だか可愛いと思う。敬語で話してくる声と、その動きにギャップがありすぎるのが面白い。

恋愛経験が少ないためにどう対処していいか分からなかった。

(虎鉄ならきっと「お前、可愛いNa」などの一言でも言うのだろうけれど。)




「あの、そういえばお名前は?」

「オレは猪里やばってん、あんたは?」

と言います。猪里さん、できれば見つけた御礼がしたいのですが……」

「そんなんよかばい。すぐ見つかったんやし。」

「だめです。それじゃあたしの気がすみません。」


もはや否定権もない。早く帰りたかった猪里としてはとんだありがた迷惑である。

と、

そんなことを考えているうちにが自分の手をとって走りだしたから驚いた。



急に走り出したことに対してもそうであるが、



なによりに手を握られたことに対して。




でも、どこかでホッとしている自分がいる。まだ、と一緒にいられるのだと。

また帰るのが遅くなるのに、何で嬉しいんだろう。






ドキドキする鼓動。走ったせいなのかそれのせいなのか、体が熱くなってくる。



「ふぅ…」


がようやく足を止めたのは、デパートの屋上だった。


―関係者以外立ち入り禁止―


それの立て札を通り越して、しかも屋上のドアにはカギがかかっていた。

しかし彼女の手にはそのカギがしっかりと握られていた。


ためらいもなくドアを開けると、もう随分と暗くなった空を暫く見ていた。

自分もつられて見上げるが、黒い雲がぎゅうぎゅうと押し寄せて今にも天気が崩れそうな雰囲気のする空があるだけだった。


何を思ったか、はまた猪里の手を握る。今度は、両手で。

本当にいちいちドキドキしてしまうウブな自分が憎らしかった。男らしく堂々としていたい。


「この箱、一緒に開けてもらえますか。」


箱を二人一緒に開けたところで中身が出てくるだけだと思ったが、取り合えず頷く。

一緒にその箱のふたに手をかけて、の「せーの」の合図で同時にふたを開けた。



……中には、一枚の紙切れが入っているだけだった。


「見てもよか?」

「どうぞ」


裏返しになっているその紙をめくると、



『Love,snow』



ただそれだけが紙の中心に小さく書かれていた。



「これ、なん…っ、つめた!」


首元に突然冷たいものが触れて驚いて振り返る。

デパートの屋上から、外の景色が一望された。




「………雪?」





視線を彼女に戻すと、にっこり笑ってこっちを見ていると目が合った。


ぐさ。


まっすぐに猪里のハートを打ち抜かん勢いの彼女の笑みはまさに猪里のストライクだった。

良く顔を見てみれば、小顔で目は大きいし何処をとっても美形としか言いようがない。

あわてて視線を逸らす自分を見て、彼女はまた笑う。







「……きれいやね。」

寒いのが嫌い、無論雪も嫌いな自分の口から出た言葉だとは思いがたかった。

「雪、好きですか?」

「…寒いのは嫌ばってん、雪がこげんきれいなもんとは思わんかった。」

「あたし、雪は大好きです。早く街が真っ白になればいいのに。」


また笑う。優しく、まるで天使のようにその白い肌で笑う。



もう、我慢できない。






















目の前にいた彼女を、ぎゅっと抱きしめた。気がついたらそうしていた。

ひらひらとちらつく雪すら、二人の間に入らないように。

ただただ、愛おしかった。



「好いとう。」



一言、そうもれた。言ってしまってから顔が真っ赤になる。



「あはは、あたしも猪里さんみたいな人、大好きです。」

「そうやなか。本気で、好いとう。」

「……じゃあ、冬を好きになってくれますか?」


寒いのは、嫌い。でも、に会えた季節だから。


「ああ、と同じくらい。」

「良かった。」


言葉の意味が分からなくて、一度手を緩める。

彼女を見ると、やっぱりにっこりと笑っているのが見えた。



「あたしは、今年はもう会えないんです。……毎年初雪のときだけ、あえるんです。

 詳しくはいえないけど、あたしはつまるところ雪の精っていうか……。

 だから、毎年初雪の日だけは側にいます。いてください。もっと会いたいけど、あたしには無理です。」


信じろって言われたってそりゃ信じられない話だった。

雪の精?ここは御伽噺の世界でもなんでもない現実で。

……夢でも、みているんだろうか。



仮に夢でも、おれはよか。



そう考えてしまう自分はつくづくにベタ惚れしているんだろう。




「それでもよか。に会えるならなんでもよかと。…初雪の日、今日会ったあの場所に会いに来てくれんね。」



「はい。絶対。……そろそろお別れの時間かもしれません。」





ふと、彼女が空を見上げた。

いつの間にか雪は降り止んでいた。


「初雪が終われば、あたしのお役目も今年はお仕舞いです。元いた場所へ帰らないと。」



前向きに考えよう。会えない一年の間もっと自分を男として磨いてやるのだ。

が、自分に思わずため息を漏らすくらい惚れるように。今自分が、にそうなったくらいに。



「それじゃあまた、猪里さん」

「また会おうな、。」






それは別れの言葉なんかじゃなくて、また会うための誓いの言葉。






それから猪里が、めっきり寒さをものともしなくなったのは部全体の噂になった。

本人の強がりにしろ何にしろ、あれまでに寒さの苦手だった九州男児は

恋という魔法にかかって更に強くなったようだ。



「来年の初雪まで、妥協はせんよ」

猪里がそういったのを、隣にいた虎鉄は不思議そうに見ていた。

「お前大丈夫Ka……?」



















ちらちら雪の降る、夜。

あたしは街を歩いていた。あたしの正面から誰かが歩いてきて、あたしにぶつかりもせず通り抜けていく。

確かに目の前に突進してきたのに、ぶつからない。

……透明人間。

その表現が正しいのだろうか?初雪が終わると、あたしはいつもこの状態で。

また次の初雪の降る日まで、ずっとこの街の様子を見てる。



向かいから来るのは、あれはもしかして

「あ……」

見つけた。見つけてしまった。

今の自分の姿は見えないだろうけど、それもまた面白いと思った。

……普段どんな生活をしているのか見てみたかったから。


彼が、横を通り過ぎていく。

瞬間、わずかに手が通り過ぎた時なぜか猪里の体温を感じた気がした。

自分が困っているときにさしだしてくれたあの手の暖かさを忘れるはずがない。

その温かみが



手に伝わったような気がした。



「気のせい…かな?」

気のせいだよね。だって今は触れられないんだから。

それでも彼のほうをみていたらやっぱり自然と元気になれて、笑顔がこぼれた。










「え?」

猪里はふと踵を返す。

誰かに手を握られたような気がしたのだ。

……振り返るが、誰もいない。細くて冷たい手の感じが、女性を思わせる。


「…?………のはずがなか。」


なんだかその町並みにが笑っているのが見えたような気がしてならなかった。


「おい猪里、おいてくZe?」

「あ、ちょっとまつばい、虎鉄!」

先に歩いていく友人の背中を追った。





離れていても、いつも一緒にいるような気がする。

その笑顔が、ぬくもりが、確かに側にあるような気がして猪里は笑顔になった。





あたたかい、と。
















































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「甘くあったかく甘くあったかく」を頭の中で連呼していたらこんなものが出来上がりました。(爆)

「WJ winter dream party」様に出品したもの。やはり甘は苦手です。意識しちゃうと。

*輝月