外ではちらちらと雪が降っていた。
家の中では、暖房がついている。



寒いのは、苦手だ。



ふと、台所に目が行く。
座らされたソファに身を預けていると、
ちょうどまっすぐに彼女が視界に入る。



「フンフフン……フーン」


鼻歌交じりに台所に立っている姿は
まるでお嫁みたいだった。











































夫 婦 茶 碗










































「あー、猪里の下宿先ってぇ…何か安心するものがあるよねー…」
「それはよかー。オレもがオレん家来ると安心するとよ。」


のんびりとした昼下がり、
猪里の家で昼ごはんをご馳走になったあたしは
只今後片付けをしているところ。
猪里もやるっていって聞かなかったんだけど…
さすがにご馳走になっておいて片づけまで手伝わせるのは
あたしのポリシーに反することだったから。

猪里はしぶしぶソファに座っているというわけだ。



「ふー…猪里ん家のご飯は種類が多くて洗物も多いわー」
「やけんオレも手伝うっち言うとるんよ」
「あーだめだめ!本当に、座ってていいから!」

また立ち上がりかけた猪里をまた制す。

これくらい女の子がこなせなくてどうすんの!
自分に自分で言い聞かせつつも、やっぱり皿の量は多くて。
猪里がいてくれたら、皿拭きもできてに倍速なんだけど…
思いながらも、自分の家からもってきたあたしの茶碗を洗う。

すると、あろうことか。

スポンジでこすっていたあたしの茶碗がつるりとあたしの手から
逃げるようにすり抜けた。



「ッ!!」


思わず身構えた。
予想通りの大きな音。




ガッシャーン!!




!なんばしたん!…あちゃー」


そこには真っ二つに割れた茶碗が二つ。

……二つ?


「あああああ!猪里の茶碗まで割れてる!!」
「あ、そぎゃんもの気にせんでよか……っち、、指…血ぃでとうよ!」

猪里に言われて初めて気付いたのだった。
あたしの指からは確かにぷつりと血が出てきていた。

「気にしないで!大丈夫だから!」

猪里に手首をとられてドキりとする。
とたん。

猪里があたしの指をなめたのだ。


「…昔っからこうするとよかーっち言われたたい。」
「……ちょっと…っ」

吃驚した。
猪里は素でやっているのだ。

赤くなっているのはあたしのほうばっかりで、
猪里は平然とした顔をしてる。

「それにしても…ごめん猪里、お茶碗割っちゃって…!」
「気にせんで、っちゆーとるばい。そぎゃんものまた買えばよか。」

そこでは家にあったお茶碗を思い出した。

「そうだ!家にお茶碗あったんだよねー…
 実家にあったやつ、お母さんが要らないって言ったからもらっちゃったの……」
「ほんまええよ…やってわざとやったんやなか。」
「いいからいいから!今とってくるから!」
「あ、!」

そのまま部屋を出て行ったの後姿を見て、
猪里はふと笑ったのだった。


































「えーっと…あ、あったあった!」


誇りまみれの押入れの中にある、ひときわ古いダンボール箱。
一人暮らしをはじめてから、お茶碗割ったのなんて今日がはじめて。
箱の上っ面の埃を払うと、その蓋を開けた。

「ちょうど二つ入ってるしー。なんか同じ柄っぽいけど、
 おそろいみたいだしいっか!どっちがいいか猪里に聞こうっと」

ノリノリでダンボールからお茶碗を二つとも出すと、
包まってた包装紙はそのままに鞄に入れた。





其の似ている柄の二つのお茶碗の意を、は知らない。









































「いーのりー!持ってきたよ!」
「ああ、ほんまによかばってん…」


猪里が言うのもかまわず、私は鞄からお茶碗を出す。

「これとこれ、二つあったんだー…どっちか猪里ので、どっちかあたしの…
 猪里どっちがいい?…………って猪里、どうしたの?」
「あ、いや…なんでもなか。」


同柄で、大きさは片方が僅かにもう片方より大きい。
これは、どこからどうみても夫婦茶碗、としか言いようが無い。
はどういうつもりで持ってきたのだろう。


…天然しゃん、やね。


猪里は自分が言えることではないことに気付いていない。



「オレは…こっちのほうがよか…っち、ほんまにもらってよか?」
「いいってば!割っちゃったのあたしだし、わざわざ買いに行くのも大変でしょ?」


こっちの気も知らずに…。


取り合えず大きいほう(大きさの違いにもはまだ気付いていないだろうが)を選ぶ猪里。


「ってこれ、柄どっちもおなじだったか…どっち選んでも一緒だったね。」
「(やっぱりやね…)、よく見てみー。オレの方が大きいばい。」


感心したように見るを見、予想通り彼女がコレを
夫婦茶碗と意識して持ってきたわけではないことが判明した。


「(まぁ期待はしちょらんかったけん……それにしても夫婦茶碗とは…)」


二人でご飯を食べようものならまるで夫婦である。
一人で勝手に考えて、猪里は自分が恥ずかしくなった。


……にそげんこついえんし…


夫婦茶碗だということを、言うか否か猪里は迷っていた。


「(でも知らんで使っちょう方が何だか悪かばってん…やっぱりゆうた方がよかね…)」

、この茶碗、二つ一緒に入ってたやろ?」
「え、うん。」
「何で二つ一緒に入っとうか知っちょる?」
「何か理由があるの?」


全く無知なのだ。全く、全く…。
猪里はずっこけたい衝動にも駆られたが何とかこらえる。


「これは“夫婦茶碗”ちゅーもんで、普通は夫婦がお揃いで使う茶碗ぜ。」
「う、うそ!」
「やけんがそれでもよかっちゅーならよかばってん」
「それは…い……」


嫌、か。
これも予想の範囲内だったのだが。
やっぱり直接言われるとグッサリ来るものだった。


「やっぱ嫌で…」
「いいじゃんッ!」
「――――――…………は?」

驚いて目を丸くする猪里の前で何事も無かったかのように
は屈託の無い笑みで笑った。

「いいじゃん、何かプチ夫婦って感じで…面白…あ、ごめ…
 猪里はあたしとそんなん嫌だよね……」
「ちょ、待つたい!ちがっ!!そげんこつ誰もいっとらんとよ!
 その、がよかっちゅーならオレも喜んで……」


そこまで言ったとき、の顔が急に赤くなった。
なんばしよっと!?、と猪里が顔を覗き込むと、
さらには顔を埋めてしまった。


「んな…、大丈夫?」

背中を摩ってやると、はやっと顔を上げた。

「もしかしてあたしと猪里って…両想いだった…の?」

ぷ…と猪里が微笑をもらした。

「あ、笑いやがったー…」
「ほんま、とおると飽きんね。」



…ほんまに、こげん女子高生なかなかおらんばい。



頭をなでてやると不平の文句をもらしたをそっと抱きしめる。
触れ合った部分から、お互いの体温がほんわかと感じられて、
…とても安心する。



、晩もご飯ば食べていかんね?」
「あのお茶碗、使って…?」
「そ。んゆぅ、プチ夫婦っちやつばい」

笑って猪里が言うから、も断れなかった。
二食分もお世話になるなんて…。
でも、今から家に帰ったところで料理の下準備なんかしてないから
夕飯はきちんとしたものが食べられなさそうだった。

「うん!お世話になります」

ってことで…とが言う。

「離していただけませんか?」
「え、あ、そおやね…」

そっと緩んだ猪里の力が何だか愛しかったけど、
料理を作らなきゃ晩御飯が食べられない。
何だか寂しそうな目をする猪里にもう一度抱きつきたかったけど、我慢。


「また野菜ばいっぱい使った料理でも作ろうか」
「うん、猪里の野菜は世界一だよー!」
「そげん、大げさな…」
「本当だって!猪里のお陰で野菜嫌い直ったもの」
「それはそれは…よかこつやね。」


二人で台所に立って料理する姿は、まるで将来の二人を見ているようで。
とても暖かな笑みに包まれた家庭が想像された。













「そう言えば、オレ、来年の四月で18になるばってん…」

野菜の皮をむいていた猪里の手が止まり、目がを捉える。
顔を上げたも猪里と視線がかち合って、そらせない。


「オレが18になったら…結婚してくれん?」


唐突、だった。
流石のも一瞬だが僅かに、信じられない、という顔をした。
でも、その顔も一気に笑みに変わったのだから
猪里は瞬間、肩の力が一気に抜けた気がした。




「あたし、小さい頃からね…絶対あたしが好きになった人と結婚するのが夢だったの。」

小さく、恥ずかしそうに微笑して、は続ける。

「それでね、好きになった人と毎日楽しく過ごすんだ。
 けんかもするかもしれないし、苦しいときもあるかもしれない。
 でも、この人となら乗り越えられそう、って人を自分の力で見つけて、
 その人と結婚する!って、ずっとずっとそう思ってた。」

俯き加減だったが、猪里に一歩近寄る。
並んで作業をしていた二人の距離は、一気に縮まって。


は抱きついた。


……」

僅かな嗚咽が漏れたとき、猪里はいよいよどうしていいかわからなくなった。
とりあえず手に持っていたピーラーを置くと、そっと彼女の頭を包み込んだ。


……どげんしたらええ…


すると、の顔が不意にこちらを向いた。


「猪里…そんな顔しないで…。あたし、幸せだから。そういってもらえて、
 本当に本当に幸せだから…だから、そんな顔、しないで。ね?」


ちょっとだけ潤んだままの目。
下から覗き込まれたら、流石に猪里も心臓の跳ね上がるのを押さえ切れなかった。


「ちょ、。お湯、湧いとおよ。」
「はは、わかりましたよー」


きっと、ずっとこんな風に

君と一緒にいられたら。



「ねぇ、猪里」
「ん」
「約束は、守るものだからね?」
「わかっとう」




どれだけ、幸せだろう。




かて、わかっとうよな?」
「何を?」
「オレが約束ば破るほど軽い気持ちで言ったんやなかこつくらい。」
「勿論」



こうして君の隣で君の笑顔を見ていられる時が

他のどんな事をしている時間よりも

大事だから。










どうかこれからもずっと




このまま


















このまま。








































「できたー!さまオリジナル最強野菜炒めー!!」




























「ああ、上手そうにできちょー。」














































笑顔が、消えませんように。




























































+++++
あとがき
ミスフル!輝月第一号は愛キャラ猪里です。
うーーーんッ、最初くらい甘でいいすよね!

*輝月