窓の外を眺めていた。

雪がしんしんと降っている。

此処のところ寒さが続いていて埼玉でも薄く雪が積もり始めていた。

上体を起こして、外を見る。上を見上げると迫るように雪が降り注いでいた。



































れないのなら、めば良い






























ちょっと雪のちらつく登校中、目の前にターゲット発見。

慣れない雪に戸惑いながら歩く姿を見ているといやに悪戯したくなってくる。

オレは彼女のうしろまで追いつくと、彼女の背中から声をかけた。












「お嬢さん」

ビク、と反応してうしろを振り返ろうとすると、お尻に手の感触が走る。

「すっごく儲かるお仕事があるんだけど、やってみない?」

「いっやぁぁああああ!!へんたいいいぃぃぃ!!」

それはもう凄い声だった。



本日はまた、芭唐の想像をはるかに超えた悲鳴が朝のシンとした静かな空気を激しく揺るがした。

と、同時に後ろにいる自分に向って向けられる彼女の拳。

それを間一髪でかわすと、勢いあまった彼女は体制を崩してしりもちをついた。


「っったぁい!………てまた芭唐じゃん!」


いつもいつも同じ手口にひっかかる彼女もそうであるが、

気付かれないほどに声を変えられる芭唐も凄い。特技の一つに入れてもよさそうだ。


「っはは!は今日もおもしれーな。退屈しねー」

「バカバカラ!!人を遊び道具みたいに……!うー。」

「バカバカラだと!?」


悔しいけど反抗することは出来ない。殴りかかったところでかわされてしまうだろうし、

言い合ったところで口で勝てる気もしない。

しょうがないのでつーんと怒った態度でその場を去るくらいしかにはできなかった。


「悪かったって!」

「…………」

「わ、わかった。購買でなんかかってやるから、昼飯。」

「………いいの?」

「勿論!」

「じゃあ許してあげる。」


お昼ごはんをおごってもらう約束をしたはしてやったりな顔をしているが、

芭唐としてはこれくらいで収まるは扱い安いなぁと感じている。
















「さー芭唐!購買行こーっ!」

昼食時、元気に片手を挙げてが芭唐のクラスにやってきた。



「クリームパン、カレーパン、あとは……」


大方パン類、ほかに甘味類を買わされた芭唐はの食欲に驚いていた。


「ったく良く食うよなー…お前の食欲が満たされたら今度はこいつが空腹だっての。」

芭唐が自分の財布を指して言う。

「先にこの条件を言ったのは芭唐じゃん。」








芭唐が誘ったので二人は屋上へ移動した。誰もいない。


…雪が降っているのだから当然である。




「…にしてもやっぱりパンはおいしーっ」


雪が降ってるのにも関わらず、のんきにパンを食しているは何処までもマイペースだ。


「うー、さぶっ!」

それでもやっぱり寒いものは寒いらしい。身震いすると、肩をすくめた。

寒さ対策なんて、屋上へは急に誘ったのからしているはずもなく。

制服姿だから当然短いスカートから足が丸出しなわけで。


「……さみー…っ」


一方芭唐の方はと言うと、元から屋上へ行くつもりだったのでマフラーを持参していた。


「………」

見ていられない。



は、自分の肩と首元が急に温かくなるのを感じた。


「ふぁ?」

間抜けな声を出して見上げると、芭唐が学ランの上着とマフラーを自分にかけてくれたことがわかった。

「芭唐、寒そう。」

学ランを脱いだ芭唐はシャツ姿になってみるからに寒そうだ。


「別に、こうする予定だし」


言うと芭唐はの隣に座ると、の体にピッタリくっついた。そして肩に頭を乗せてきた。

突然のことに当然は驚いて、驚きすぎて声も出なくて

ただただ赤くなったままでパンを黙々と食べる羽目になってしまった。


芭唐は女癖が悪いからどうせこれも日常茶飯事な行為なのだと思わなければいけない。

当然のほうとしては、こんなことに慣れているわけでもない。


「…プッ……赤くなっちゃって可愛い」

「なッ!!…可愛いなんていわないでよっ!」

「いや、本当のことを言ったまでだったけど、いやだった?」

「か、からかわないでよ!」


冗談で、そんなこと言ってほしくない。他の人にも同じことを何回も言ってきたんでしょ。

あたしも「女の子達」の一人にされたくない。















芭唐のことはこれでもずっと好きだったんだから。
















寒いような、暑いようなまま昼休みの終わりのチャイムは鳴った。













次の時間は体育だ。まったく、ご飯を食べたばかりに体育は結構キツい。

それもバスケと来たから、バスケ好きのとしては本気でやらないわけには行かなくなった。



「いーっくぞー!」



走る。来る女子達を左右に交わしながらゴールを目指す。


いける。


本能がそう告げて、スリーポイントの場所からシュートを入れた。

スパンとボールが入ったのを見届けた瞬間、着地する前に視界がぐらりと揺れた。



「あ……」



体に上手く力が入らない。どっちが前か、後ろか、上か、下か。

何も分からなくなって、ただ右半身に強い衝撃を受けた。……倒れたんだ。






















気付いたら、横になっているのが分かった。おおよそ保健室か病院のベッドだろう。

それだけ分かっているのに体が動かない。まるで脳からの命令がシャットダウンされているような気分だ。

四肢に力が入らず、目も開かない。部屋の中で頭に響いてくる。


「今は落ち着いていますが……いつまた発作が起こるかわかりません。

 急性の病気で、大人になってから突然発病することもある病気なのです。

 このタイプの病気は珍しくて、千人に一人かかるかかからないかと言う確立なんです。」


……病気?


「それだけに治療法もまだ十分ではありません。この病気の難点は症状が出てからの促進が早いことなんです。

 …手術と言う方法もあります。ですが、成功する確率は……おおよそ20%。半分以下です。

 それに、この手術は少し特殊でして…全身麻酔をかけても、激しい頭痛がするそうです。

 どっちみち手術を受けないとしても、このまま寝たきりの生活になってしまうと思われます。」


手術?……20%?……


「…本人にはこのことを伝えますか。」

「はい。ちゃんと自分の病気と向き合ってほしい。隠すことはありませんよ。」




「んっ……―――」

その時、ようやく血がめぐり始めたように力が入り始めた。

目が開いた。どうやら病院らしい。真っ白なシーツの敷かれたベッドに寝ていた。


!…目が覚めたのね……」


そこには両親が立っていた。


「友達の男の子から詳しいことは聞きました。」


話によるとそれは芭唐らしい。体育で倒れたあたしを運ぶのを手伝うついでに事情を説明して行ったのだとか。

ただ、あたしの検査すら終わらないうちに帰ってしまったという。

「……そうですか。」

やっぱりあたしの事なんかなんとも思っていないから、これ以上面倒ごとに巻き込まれるのが嫌だったのだろう。

心の中で密かに悲しい思いを閉じ込めた。



「……症状はどうですか?」

「今はなんともありません。」

「そうですか…。さん、実は――」

「聞いてました。」

「え?」

医者が不可解、と言う顔でこちらを伺っている。

「さっき、話していたのが聞こえたんです。ぼーっとだけど。手術、受けなきゃいけないんですよね。

 病気を治すためなら、あたし受けます。……確立があるのなら直らないわけじゃないんだもん。」

「でも、聞いていたでしょう?確立は20%って…もう少し考えたほうが…」

「いいんだよ、お母さん。」

「でも、でも!」


お母さんが止めるのも分かる。手術をすることは大きな大きな賭けで。

でも、だからこそ。あたしが生半可な気持ちで手術を受けるといっているんじゃないことくらい、分かってほしい。


「母さん、やめなさい。自信の人生だ。彼女のやりたいように、決めたいようにすればいい。」

「お父さん、ありがとう。」


でも、とあたしは言った。


「暫く、一人にしておいてほしいかも。」


お母さんとお父さん、そしてお医者さんは顔を見合わせると、うなづいてそのまま部屋を出てくれた。


















一人で、声を殺して泣いた。







だって、もう学校に行けない。芭唐に会えない。

どうして、あたしの一番大事なものを持っていってしまったんだろう。

手術だって、芭唐に会えないままずっと生活しているくらいなら、早いとこ賭けに出たかったからで。



ベッドの脇にふと目をやると、自分のスクールバッグが置かれていた。

中からケータイを出す。……メール三件。

開くと、全てが芭唐のものだった。


一件目。

『よぉ、具合どうだ?明日から学校行ける?』

二件目。

『あ、そうそう。部活で皆が心配してたぜ?早く元気になれよ。』

三件目。

『何か食いたいものとかあったら持ってくからな。』



一通で済むような用件が一時間おきに入れられている。


「ほんっと、女の子の扱い上手いなぁ」

どんなときに、どんな言葉がほしいのか芭唐はちゃんと知っている。

当たり前だよね。あたしも芭唐の扱いなれた「女の子」の一人なんだから。

馬鹿みたいに一人でドキドキしている自分が恥ずかしくなってきた。

きっと…芭唐の作戦にはまってるだけなのに。



取り合えず、メールを返信する。


『果物が食べたい。持ってきてくれるの?』


こうすれば芭唐が本当に来てくれるんじゃないかって。

一人の「女の子」にそんなに尽くしてくれるわけ無いじゃんって心の中では思ってるのに、

わざと芭唐を試すようなことを返信してみた。


一分と経たないうちにケータイが鳴る。



『OK。さっき部活終わったから、これから買っていくよ。』



うそ。



本当に来るんだ。来てくれるんだ。

純粋に凄く嬉しかった。


なんだか、芭唐に会うのが凄く久しぶりなような気がした。












ガラ









戸が開く。間違いない、芭唐だ。




「よ、!」

「あ、ばか…」

「鷹良。元気か?」

「心配した気〜(´0`;)」

「吃驚しだング」

「…!」



芭唐の後ろから姿を現したのは華武高校レギュラーの面々だった。

来たのは芭唐だけじゃなかったんだ。


「み、皆……」


芭唐は片手にフルーツバスケットをもって入ってくると、それをベッド脇のチェストに置いた。



皆が来てくれて嬉しいのに、心の中に何かが引っかかったような感じがしていた。

皆に心配してもらって、とっても嬉しくて。

でも、なぜか心は体と別の場所にあった。



「ホラホラ皆さん、あんまり騒ぐとよくないし!病院だし!さっさと帰りましょーぜ」

「なんだよミヤ!(`□´)いいじゃんもうちょっとくらい…(>ε<)」

「そうング。お前が仕切る゛な。」

「…でもやはりそろそろ帰るべきだな。」


小一時間経っていたことに気付いた無涯先輩が皆を帰るよう促した。


「じゃ、俺は部屋片付けていくんで。」

「……わかった。…鷹良。皆待ってるから、早く復帰しろ。」

「はーい」


パタン、と病室の引き戸が閉まった。

芭唐がこちらを振り返る。それだけの仕草に、心臓が飛び出るかと思うくらい跳ね上がった。


「なぁ、。」

「な、何?」

「お前さ…。」


芭唐はベッドの淵に腰を下ろす。あたしの直近くに顔がある状態だ。


「本当に、どれくらいで退院予定なわけ?」

喉が詰まるような質問をしてくる。

「……分からない。」

「じゃあ、もう一個聞くけど。正直、お前の病気って何なの?」

「わかんない。でも、そんなに重いもんじゃないって。だからだいじょう…」


刹那、芭唐の匂いが直近くにした。

それは、芭唐に抱きしめられたからだった。


「ちょっと、ば、から…」

「重いもんじゃない、わけねーだろ。この病室、結構重度な患者を収容する部屋じゃんか。

 つまるところお前の病気って言うか…今の状態って結構悪いってことだろ。」


流石だ。そんなところまで見られているとは思わなかった。


「……いいのかな、話して。」

「本当のこと知っときたい。」


言うんだ。例え、芭唐が自分のことを特別に見てこういうことを言っているわけじゃないとしても。

あたしだって、芭唐にはちゃんとしたことを知っていてほしいと思うから。



このぬくもりだけは、嘘じゃないって分かるから。









































「手術、しなくちゃいけないんだって。受けなかったらずっと寝たきりになるって。」













































抱きしめる芭唐の力が少し強くなった。

と思ったら、直に芭唐はあたしを解放した。



「ほんと、か?」

「うん。」


まっすぐに見つめられて、まっすぐに見つめ返した。痛いほどの沈黙が流れる。

何処に目をやっていいのかも分からず、ただこちらを向いている目を見ているしかなかった。


「……手術、成功するんだよな。成功したらまた元気になるんだろ?」


20%だよ。そう言おうとして躊躇った。いってもいいのかどうか分からない。

笑わなきゃ。

笑わなきゃ。

少しでもいい、笑っている顔を芭唐に覚えておいてほしいから。


笑え。


泣いたら、心配させるじゃんか。




「うん、成功するよ。」




何とか、今にもこぼれそうな衝動をこらえて。

言葉を繋ぐたびにこられるのが苦しくなってくる。




「ねぇ、芭唐……」

「何だ?」



「あたしさ……」















このまま、暗闇に一人置いていかれるのかと思うと



























「あたし、怖いんだよね……」

































きっと芭唐は、手術が怖いと言う意味でとっただろう。

芭唐を抱きしめる手に、つい力がこもった。

どうかこの手を離すことの無いように。













できることなら、



ずっと









ずっと。








































+++++
後編に続きます。




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