孤独が隙間無く潜む世界を泳ぐ






人を斬れば斬るほどに、狂ってゆく己の心。死の感覚。

時代も悪かった。やらなければやられる。それならば、やればいいというのが俺の出した答えだ。

俺達の暮らしてきた世界をぶっ壊そうとする奴等を斬り、なぎ倒す。

細い刀身にちっぽけな野望をのせて、只管に、斬る斬る斬る。

それが正義だと俺達は言い張っていた。

倒すべき相手は全てが悪で、自分達はそれを倒す正義のヒーローのようなものだと錯覚した。



いつの間にか、周りは屍ばかりだった。



その中には見慣れた同志の姿さえある。

ついこの間まで、高杉さん、高杉さんと自分を慕っていた部下も混じっている。

勿論、見るに堪えないほど醜い異世界の生物の姿もある。

それらが混ざり合って、うねりを作り、俺の頭の中に流れ込んでくる。


酷い、頭痛。


その頭痛を取っ払おうと、さらに刀を振るった。否、それしかできなかったのだ。

そうしているうちに徐々に感じられなくなってきていた頭痛は、治ったわけではなかった。

俺は、いつの間にかその感覚に慣れてしまっていただけだった。



それを、気付かせてくれたのはあいつだった。



『……と、言います。』


ある日俺の下に入りたいと言ってきた女がいた。俺達と同い年ほどの女だった。

押せば倒れそうな線の細さ、背中まで伸びた長い髪の毛。

だが女は、鋭い眼差しを持っていた。この屍の作り出すうねりにさえ負けずに、鋭かったのだ。

女には髪を男のように結わせ、羽織るものも男のものを使わせた。

すると女は顔こそ女性だが、その鋭い眼差しのお陰で周りの男とは比べられない程の底なしの強さを感じさせた。


気に、入った。


『お前は、俺の傍についてろ。』

『…ど、どうして…』

『絶対離れるんじゃねえぞ。男女関係ねえよ。お前が気に入った。』



彼女は、この時代の中で尚も自己を主張し、咲き続ける一輪の花のようだった。

俺はその花をどうにかして日向に持っていってやりたかったんだ。


そのために刀を、己の正義を振るうようになっていたのだ。


俺はとにかく必死だった。自分でも操れなくなりかけていた狂気を止められる人間がいる、とは。

彼女の存在は、断崖を必死でよじ登ろうとしていた俺に差し出された手、唯一の希望の光のようでも、あった。

だから光を失うのが怖くて、俺は必死だった。失うことを恐れなかった今までとは、違う。


失わないように、必死だったのだ。
























「おい、


ここから眺める景色もすっかり変わってしまった。

窓ガラス越しにそんなことを思いながら、背後にいるに声をかける。


「え?何?」


読書をしていたは慌てて本から顔を上げた。

俺は何も言わずにに近付き、その唇をゆっくりと、時間をかけて塞ぐ。

は抵抗もせずに俺を受け入れてくれた。

何、晋助どうしちゃったの? が少し驚いたように、だが微笑しながら言う。



「いや、何となく、な。」

「変な晋助ぇー…。」



座っているを、上から覆い被さるようにそっと抱きしめる。

あの時代、俺が唯一心を許せると感じた温もりは、今も確かにここにある。

変わるはずのないその事実を改めて確認して、嬉しくなって僅かに口角をあげる。

だがきっと、から俺の表情は伺えないはずである。

腕の中に大人しく納まっているはとても愛らしい。

らしくもなく長い間抱きしめているとは、ほんと変な晋助、と言って笑った。

笑いながらも、俺がまわす腕に手を添えて、そっともたれかかってくる。



「急に人肌恋しくなったの?」

「馬鹿いうな」

「…馬鹿って言うと結構傷つくんだよ?」

「……悪い。」



素直に謝った俺に驚きを隠せないらしく、それでもまだ笑うに底知れぬ愛おしさを感じつつ、

の持っていた本を開いたままローテブルの上に置くと、そのままの流れでを押し倒す。


「晋、助。」


押し倒しておきながら、の上に覆いかぶさったまま手を出してこない俺にが呼びかける。



「どうしたの?…ほんとにどーしたの?」



俺の顔を覗き込むように見て、心配そうに言葉を投げかける。

そしてはゆっくりと俺の首筋に口づけた。



「私は傍にいるよ?私は晋助の傍からいなくなったりしないよ?」



押し倒された状態なのに嫌に落ち着いているは母親のように俺の頭を撫でた。

正直言われたことは全て図星だったが、あえてそれを口に出すことはしない。正確には、できない。



なぁ、お前はあのうねりの中に飲み込まれずにここにいる。

俺はその確かなぬくもりに、いつも支えられてきたんだ。

何もかもが狂った世界の中で、お前はいつもお前の色を持っていた。

お前は気付いちゃいなかったかもしれないが、俺はお前が……。




もう一度深く口付けると、そのまま徐々に行為を進めた。

は俺の表情をそっと盗み見て、それきり大人しくそれを受け入れていた。

長くいた間柄だからこそ、お互いに表情を見るだけで考えていることが大体分かってしまう。

そんな温室のような関係を、みっともなくも俺は、


保ち続けていたいと心のそこから思って、しまうんだ。





人斬りがみた一抹の天國

( それでもお前にだけは甘えても、いいか )

















070107

新年明けまして一発目。日記その他諸々で予告してた通り高杉さんに手を出しました。
黒髪・目つき悪い・口悪い・強い等輝月のツボをしっかりおさえてくれてる方。