七月七日。

一体今まで何回、この日に焦がれてきただろう。











































二つ
















































人気の少ない街路。
ショッピングセンターもなければ、スーパーすらない。
街灯もまばらでところどころが光りの死角になる。

夜と呼ぶにはまだ早く、昼と呼ぶにはもう大分日が落ちていた。

赤い光りは思いのほか儚く、その光りを見て
今までその光りを見る間もないほど仕事に追われていたことに気付いた。

久しぶりに見た夕日は、あまりにも大きく綺麗で、
上のほうから侵食してくる紫の闇が妙に憎たらしかった。


雲ひとつない空にぽっかりと浮かぶ日と月は、
全く対称の光りを地に放っている。
両の光りに照らされつつ自分は、この帰路に一年ぶりに来ることを
しっかりと両方の足で感じ取っていた。
整備されきられていない、どこかぼこぼこした感じのアスファルト。
ところどころ草がはみ出ている。


車の音など、何処にも聞こえない変わりに虫の音が静かに響いていた。
ただ、まっすぐな一本道を歩いているのは自分のみだった。


やがて、銀の髪を赤く染めるものが沈みかけたとき、
キルアはようやく目的地のドアの前に着いたのだった。







玄関チャイムに手を伸ばす感覚が懐かしくって、
いつまでもこの感覚に浸っていたい気もした。

けれど、沈黙と言うものはそんなに長く続くものではない。
目の前のドアは突然開かれたかと思うと、中から棒のようなものの先端が
キルアの顔めがけて突き出してきたのである。


「え?ちょ…うわっ!!」


安心仕切っていたので、避けるのはギリギリだったが、
其処はやはり今までやってきた仕事上、身のこなしは並ではない。


「あれ…誰かいたの?……って、キルアじゃないッ!!」


手に持っていた棒状のものを思わず床に取り落とした彼女は、
落ちた棒には目もくれずにキルアの両肩を掴んだ。
そしてそのまま引き寄せると、ぎゅっと抱きしめたのである。

丁度、日の落ちるのが彼女の肩越しに見えた。



























「…あー、ほんとに吃驚したよ!」
「吃驚させられたのはこっちだっつの!」
「まぁそれもそうだけどさ…」
「そういえば、アレ、どうしたんだよ」

キルアが指差したのは未だ玄関脇に転がっている笹の木である。

「あれねー…ご近所さんの林から頂戴したんだけど、
 大きすぎて家の中に立たなかったの…。だから外に立てようと思って…」

それで、キルアとぶつかったわけである。


「良く考えたらこの時間にはキルアが来てて可笑しくないのにね。
 それにしてもあんなに丁度いいタイミングでぶつかりそうになるなんて!」


毎年のこと。

あたしとキルアは、七夕である今日だけ面会を約束している。
お互いの仕事が忙しいからろくにデートとかする暇もなくて
全然付き合ってるって実感はない。
だけどね、一度は将来を語った中だから、あたしはキルアが大事。
キルアも、きっとあたしのこと大事にしてくれてると思う。
七夕の夕刻、絶対に会うって約束して別れてから
一度たりとも遅れたことはなかったキルア。
結構時間に律儀なんだなって思う反面、大事に思われてるって思える。


だから、あたしもその都度キルアのこともっと大事に思うし。


「これから短冊書こうと思うんだけど、キルアも書く?」
「お、おぅ。」













「できた!」

やがて、外に運び出した笹の木に二枚の短冊が下がると
笹の葉は夜空の下で月光に照らされてきらきらと光っていた。

「やっぱ短冊は笹の木につけるのが一番よねー」
「そんなの、当たり前だろ?」
「だって、今までこんなにいい竹飾ったことないもの。」

玄関脇においてある其れを見て、は惚れ惚れした。
でもね、そう切り出した彼女の顔はどこか寂しげで。
キルア思わず見入っていたことをは知らないのだけど。

「毎年、竹がなくってさー、ご近所さんに頼み込んだんだけど、
 他の人が毎年沢山竹を貰っていくんだって。商用らしいんだけどさ。
 今年、やっとのことで手に入れたの。」
「じゃあ、今年やっと飾れてよかったじゃんか」
「うん。そうだね。…でも、お願い事は毎年きちんとしてたんだよ?」
「……なんて?」
「きになる?」
「きになるから聞いてるんじゃんか、じらすなよ。」

毎年毎年、キルアが来る七夕の日にする願い事。
たった一つ、毎年同じ事をお願いしてた。
































「来年もまた、キルアに会えますように、って。」






























そう言うとキルアは顔を赤くして、

「真顔で言うなよ、ハズいだろっ」

怒るように呟いた。


けど、すぐにぬくもりがをつつんだ。


「キルア…」

急に抱きしめたキルアの顔を見ることさえかなわない。
いつの間にか、いつかは同じくらいだった力も、
今では断然キルアのほうがうえで。
確かにハンターとしての仕事を前に止めてしまったの体力が
どんどん落ちているのは事実であるけれど。
それ以上に、キルアがたくましくなっている。

は急にキルアを男として意識してしまった。
思わず顔を赤らめる。



「嬉しい。すっげー嬉しい。
 会いに来るさ、のために…な。」



呟くような小さな小さな約束事

また、一つ増えた。

キルアの声は静かな闇の中に余韻を残して消えた。

「今の言葉、忘れないでね」

キルアの胸に手を置いて一度体を離す。
キルアの顔はまっすぐにを見つめていた。








「忘れるわけ、ないだろ」







途端に後頭部を引き寄せられた。

一年ぶりに触れ合った唇の感触は、とても愛おしかった。



























































「ずっと、不安に思ってたんだ。」
「…なにが?」

満天の星空。今日は天の川が良く見える。
そして、織姫と彦星。
川によって両断されてしまった二人の間は、
今夜限りの橋がかかる。


――まるで、この二人のように。


「キルアが、あたしの居ない間に他の人とかを好きになっちゃわないか、って。」
「…そんなこと、あるわけねーっての。」
「先のことなんか、誰にも分からないから…だから不安になる。」



織姫と彦星は、永遠に惹かれあっているからこそ、
毎年決まったこの日に「会いたい」と言う強い感情が生まれるのであって。
他の誰かを好きになってしまえるあたしたちは、
いつかその想いが消え去ってしまうこともある。

悲しい。

寂しい。

不安。

抱え切れなかった。



いつか、キルアが離れていってしまうんじゃないかって
思っただけのことだったのに。


「ずっと、傍に居たい。キルアの傍がいい。
 他の誰よりも、キルアが一番だから。キルアしか見えない。」







貴方も、同じ思いでいてくれますか?








縁側に腰掛けていた隣のキルアに、そっと告げるだけのつもりだった言葉。
発してみて初めて、とてもとても重たい言葉だったことに気付いた。

思っていた何倍も、悲しくなってきた。

涙が頬を伝った。


一体何年間あたしはこの質問を繰り返してきたのだろう。
永遠なんてこの世にありえない物だってわかってる
だけど、それでも願ってしまう



貴方と永遠に愛し合いたいと。



一年にたった一度の願い
織姫と彦星は、どんな思いであたしたちを見ているのだろう。
綺麗な天の川の両側に光る二つ星。


その下で地上の二つ星も、そっと寄り添った。






「キルア、誕生日おめでとう。」
「なんだ、忘れてた?」
「違う。言うタイミング逃してた」

そういえば、とは言った。

「どうしよう、キルアに誕生日プレゼント用意してないや。」

毎年何かしら食べ物でも何でも作っておくのだけど。
今回は笹の木が手に入ったことに興奮していて
ちょっと頭から離れていたのだった。


「物は何もいらないよ」
「……え?」

「来年も会うって約束だけあれば。」


は赤くなって、「バカ」と呟いた。






七夕の夜は深まり、そして明ける。



































「また、一年後。」

手を振った。

さよならとは、いわない。




「うん、またね。」





一本道を只管歩いていく彼の背中は
去年よりいくらも大きくなっていた。




そして其れを見送るあたしは






少しは大きくなれたのだろうか。
































「一年後、会おうね」






























呟いた言葉は、昨日の星のように

朝焼けに吸い込まれて消えた。



























































7/7





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あとがき
キルア誕生日夢です。
キルアは私が漫画を読み始めて「ハマった!」とはじめて思ったキャラ。
漫画にハマりだしたのがハンターあたりです。

キルアはカナリの好きキャラ。
やっと幸せな夢を書いてあげられました。
何はともあれ。誕生日おめでとう、キルア!!

*輝月