カチャリ、と乾いた音がホールに響く。

一人の女性が自身の額に宛がった得物のトリガーには、一人の男が指をかけている。


「殺せ。」


小さな声が、だがしかし震えも怯えもしていない堂々とした声が凛と響いた。

彼女の眼は確かに、男をしっかりと見据えていた。



どこか、悲しそうに。















































人も集まり、賑やかになってきた会場にアナウンスが流れた。

パーティが始まったのだ。


とはいえ、この集まりはひと癖もふた癖もある…所謂「裏」の集まりであり、

どの人間もどの人間も、何らかの形で手を汚してきたものばかりであるが。







 



ホールにあるステージに上がった一人の女…を、クロロはよく知っていた。

このパーティに参加した理由も当然知っている。



『気に食わないから殺したい男が居るんだ。』



ただの殺しの現場を見るのはクロロも初めてだった。

ステージに彼女と、ターゲットの男が揃う機会があるので彼女は即実行に移すという。

要するに公衆の面前で殺りたいらしい。














【普通】の恋人同士ならともかく、普通でないとクロロは全く型にはまらない恋人同士だった。

逢瀬の際もあまり深いことまではしない。

…綺麗な関係といったら綺麗な関係だったのかもしれないが、普通に考えれば単に浅いだけ。



ただがそれ以上の馴れ合いを求めなくて、がそうであるうちはクロロも手を出さなかった。

目には見えなくとも、彼女がクロロのことを特別視しているとクロロ自身も分かっているし、

変な馴れ合い、分かち合い、同情などは彼女の最も嫌うものだということも知っていたからだ。











いつだったか彼女が流星街に居たのを見つけたクロロが彼女を拾ったのだが、

クロロはの過去については何一つ知らなかった。

ただ流星街にいたからには“必要とされなかった存在”だったのだ、と言うことのみ。








『…何時考えても不思議な女だ。あれからこんな関係が出来るとは思っても見なかったしな。』



今まさにステージに上がった彼女は、ライトに照らされた白いドレスを輝かせていた。

向かいに一人の男が上る。そう、例のターゲットの男だ。


「お、まえ…!?」


と顔を合わせた男の顔が急にこわばった。……明らかに恐怖に怯えている顔だ。



「……貴方だけは、許さない。」

…お前未だに……」



男が言い終わる前に、の凛とした声がそれを遮る。





「“廃棄物(スクラップ)”としてあたしを捨てたお前のことをどれだけ恨んだか知れないでしょう。

 ……なら教えてあげようか。今までつのらせてきた憎しみを。」





の声は別に大きかったわけではないが、その美しくて華奢なイメージとはつりあわない口調に

会場に居た者達が押し黙ったのでホール全体に響いていた。



「は、話せば分かる。…あの時のことには…色々理由があってな。」

「あたしを作った貴方なら当然わかるでしょう。」


焦って下を向き、冷や汗を流して喋りながらこちらを伺っていた男がその言葉にを見上げる。










「あたしの気が、あんまり長くないこと。」










目を見張る端正な笑みでは男に微笑みかけた。……綺麗すぎて、逆に恐ろしかった。








それから事は一瞬だった。

念能力を使うまでも無く、隠し持っていたナイフで男を一突きし、まだ息をしているうちにもう一突きした。

男が倒れてからも、返り血を浴びながらも彼女は何度も、何度も何度も男にナイフを刺し続けた。




……血まみれになった男は、ピクりとも動かなくなった。






そしておもむろに会場を振り仰いだを見て誰もが驚きの声を上げた。





此処にいる人間の殆どが、「生きている」それを見るのは初めてだったことだろう。





……数年前、“それ”はあるものたちの手によってほぼ絶たれてしまったのだから。














「あれは……―――」






一人の男が関から立ち上がって指差す。

























「ひ……緋の眼……!」



























彼女の目は、確かに………


























世界三大美色、「緋色」をしていた。












































「……?」


緋色の眼に驚いてクロロが立ち上がる。

はそんなクロロを無表情で一瞥すると、「バレちゃった」と一人ごちた。


瞬間。


会場に居た、クロロを除く全ての人間と言う人間が倒れた。



屍累々の上に鮮明な赤を持ったが静かに立って







「どっちみち、今日バラすつもりだったけど…。」





僅かに下がった眉をして、クロロを見据えていた。














「お前はオレに復讐する気は無いのか。」

「何、してほしい訳?」






死体を無造作に踏みつけながらクロロはに近付く。同じようにしても一歩踏み出した。







「……あたしはクルタ族何かじゃない。ただのツクリモノだよ。」

「作り物…?」

「クロロ達がクルタ族を襲撃したことは事実だけど…その処理は誰がやった?」



クロロは押し黙る。

確かに盗みを働いたのは自分達だが、後片付けと言う後片付けもしないままだった。




「その死体からさっきのあの男が…あたしを作り出した。」




はドレスの肩をずり下げると、そこに現れた首筋のラインを指差した




「この印…003っていうのは、あたしの“ナンバー”。…つまりあたしは三体目の成功実験体。」

「…おかしいな。成功したなら何故お前は流星街に居た。本来なら必要とされるべきなんじゃないのか?」






は手に持っていたナイフに付いた血をドレスで拭う。

……輝かしいほどの純白だったドレスは、何時の間にか斑な真紅に染まっていた。





「おかしくなんかない。……あの男がヘマをやらかしただけ。実験が世間にバレそうになって、

 証拠隠滅のためにあたしの存在をどこかへ隠してしまわなければならなくなった。

 だから…手っ取り早く、そして絶対に見つからない恰好の【ゴミ捨て場】として流星街を選んだ。」

















流星街に住むものはみな「ゴミ同然」として生きている。

……も例に漏れず、流星街に捨てられた瞬間から「廃棄物(スクラップ)」となった。


あれだけ期待された自分が、一気に何もかもを失ってしまった。

失ったもの。それは、目に見える物ではない。











『実験成功だ…!』


『お前には期待してる…ナンバー003…いや、“”』


















必要とされている実感




















それが、自分の存在意味を確かめる唯一の方法だった。



















もう、自分の存在する意味は無いと、自分で思った瞬間に何もかもがどうでもよくなった。

人を殺すことにもためらいなど生まれなくなった。

…生きている意味が分からなくなってしまった以上、そんなモノ、もうなんとも感じない。









がクロロと深い関わりを持とうとしなかったのも、

同情や馴れ合いを毛嫌いしていたのも…。








そういう「不確かなもの」に何かを期待し、自分を捧げることに飽き飽きし、










それを失うことにとてつもない恐怖を感じていたから。























「誰が死んでも、別にどうでも良い。……あたしが死んだら死んだで、別にそれでもいい。

 クロロ…貴方だって死んだところであたしは何も思わない。何も感じない」


「………」



は、自分の内股からグロックを取り出し、クロロの手に無理矢理持たせる。

そして得物を自分自身の額に押し付けた。


カチャリ、と銃が乾いた音を立てる。



「殺せ。」



二人以外に誰も居ないホールで、その声だけが反響して聞こえる。

の端正な顔がじっとクロロを見つめた。



「何故だ」


クロロはそんな彼女に問う。







――…せめて最後くらいは必要とされて死にたい。







そんな彼女の意図を知る由も無く、ただ突きつけている銃に戸惑う。






「何故だ。生きたくないのか。」

「生きていることにそろそろ飽きただけだ。余計な気を回さないで。」

「なら何故オレに殺させる。」

「……緋の眼、いらないの?別にあたしは要らないから、貴方に“盗ませて”あげようと思っただけ。」



その赤い眼を逸らしもせずにクロロに向ける。

シャンデリアの明かりを映し出したその目は、ところどころ金色にも見える。



あまりに美しくて、見入ってしまう。









、オレはのことを本当に……」


「……ありがとう。」




言葉を遮ってそう言ったは、その端正な顔で優しく笑った。

普段の無表情な彼女が、今までに見せたことが無いような笑顔だった。



その表情一つで、一瞬だけこの張り詰めた空気が穏やかなものになったような気がした。





そんな彼女の表情が垣間見えたかと思うと、また彼女は口を一文字に結ぶ。







「さて、もう一度言おうか。……殺せ。」






「本当にいいんだな。」






「同じことを二度言うのは嫌いだ。」










その目に、口調に、もう迷いが無かった。

クロロは静かに口を開いた。



、生まれ変われ。また、オレの傍に。」



まるで命令するかのような口調に、は僅かに口角を上げた。



「気が向いたら、ね。」




言い終わったのを見届けたと同時、乾いた破裂音がホールに響いた。












クロロによって、グロックのトリガーは引かれていた。












































あたしを必要としてくれた貴方のためになら


生まれ変わるのもいいかもしれない。



ただ、余りにも疲れたから


貴方の隣に戻る前にもう少し時間を頂戴。






今はただ、












全 て の い に 幕 を




また、いつか。





































































+++++
あとがき

李崔さん大変お待たせいたしました!久しぶりのクロロ夢に戸惑いまくり、

冷徹ヒロインという未開拓ゾーンに挑戦したためところどころ可笑しいかもです…。

お気に召していただければいいのですが。

キリリクで死夢をリクされるとは思ってもみなかったので色んな意味で楽しかったですw



二万五千打御礼!

李崔さんのみお持ち帰りOKです。



*輝月