と愛と




































、なにやてるか!」

「わ、分からないわよ…!!」

「自分のしてることわかてるか?」

「…体が…言うこときかないの!」







私は、左肩に激痛が走ったのを感じてわずかに顔を歪めた。
それを見たフェイタンは、わずかに自分の手を止めてしまう。



!」
「フェイタン、大丈夫…だからそのまま続けて!」



なぜ、こんなことになってしまったのだろう。



今私は戦っていて。今フェイタンは戦っていて。
そして、私の目の前にはフェイタンが居る。
フェイタンの目の前には私が居る。

私の手は、ためらいもなくフェイタンの急所を次々についてゆき、
フェイタンも私の手をかわすようにして上下左右に身を躍らせている。
私の手に持たれた短剣は、それほど鋭利なものではなかったけど、
今の私の力なら、もしフェイタンにかすったらかなり効くだろう。


今の私は、尋常ではない。







確かさっきまで、フェイタンと一緒に街路を歩いていたはずだった。
多少強引ではあったが、私がフェイタンと一緒に買い物をしていたのだ。


「フェイタン、これ、どう?似合う?」
「ワタシ聞いても知らないよ。自分のもの自分で決めれば良いね。」
「そ、そんな…!フェイタン、それじゃ買い物に付き合うって言わないじゃない!」
「もともと無理矢理来させられただけね。」
「うっ……」


季節が変わって、流石に長袖じゃ暑くなってきた頃だった。
私が体の前にノースリーブの青いシャツをひらひらさせると、
フェイタンはいかにも興味がない、といった様子でこちらを見ていた。


まったく、これじゃあフェイタンに来てもらった意味がない。


まだあたりは明るくて、ショーウインドウから入ってくる光が
直に、店内に居る私たちを照らし出した。
ふとフェイタンのほうを見ると、至極眩しそうに目を細めて(もともと目は細いのに)
顔の前に手で影を作って、いやいやしていた。

そういえばフェイタンは、
服も、髪も、目の色も、全部黒だった。
日の光に照らされているのが妙に合わなくて、
何だか珍しい光景に私は眼を見張った。


「なによ。」


何か付いてるか?と聞くフェイタンにううん、と首を振った。

「なら何故見るか。」
「いいじゃない、減るもんじゃないし…」
「気味悪いよ」




どうしてそう、とげとげし言い方しかできないかなぁ…。



「そんなに…見てるのが悪いの?」
「何か変な気分になるよ。」
「変な気分?」
「そうよ。がこっち見てると何だか変な気分になるね。」


何それ。気味悪いと全然違うじゃない。

私は最初そう思ったけど、良く考えたら何だか意味深だ。
変な気分、と言うのを良い意味で取ったとしたら、それはつまり「ドキドキする」ということで。
もちろんフェイタンはそんな表現方法を知らないだろうから、
私の勝手な解釈に過ぎないのだけれど。


私がフェイタンを好きになったきっかけは、
そんな風に頑張って自分の知る限りの言葉で
自分の気持ちを伝えようとしてくれた所だった。

口数が少ないから、最初はなんていってるか分からなくて、
たまに首をひねってみたけど思いつかないからフィンクスに頼んだりした。

だけど、そう言うのはやっぱ、自分で考えなきゃって思って私も頑張った。

フェイタンは性格上そうなのか、普通の言葉の裏に
真実を隠したような言い方をする。
そして何とかしてそれを大体理解できるようになった。
それからと言うもの、私とフェイタンの仲は急速に深まったのだった。



じゃあ、何で今私とフェイタンが戦っているかって?



それは、私がフェイタンに攻撃を仕掛けているからであって、
フェイタンは守ることしかしていない。


そもそも、私がフェイタンに攻撃するのを始めたのは、店を出たときだった。


「もう、こんなに暗くなたね。」
「うわ、ホントだ!」
がのそのそしてるからよ。」
「し、失礼な!!」
「もっと早く終わらせれば良かたね。」
「何でよ…」
「こんなに暗い、もう何も出来ないね。」


ああ、そうか。


フェイタンはもっと色んな場所に私を連れて行きたかったんだ。

そう思ったとき、不意に私の体は動かなくなった。


先に歩いていくフェイタンを呆然としてみていた。
恐怖で、声など出ようはずもなかった。


「…?」

物凄い殺気を感じ、フェイタンはバッと振り返った。
フェイタンの視線と私の視線が重なる。

「…どうした。何があ……!」

その場を飛びのくフェイタン。
先ほどまでフェイタンが立っていた街路には、大きく蜘蛛の巣状の亀裂が入っている。
そしてそこに立っていたのは、私。



「え…!?」



誰より驚いたのは私だった。

―今、私は何をした!?




自分の拳を見てみれば、先ほどが色を殴ったせいかドクドクと血が流れ出ていた。
痛みはほとんど感じなかったが、これほど血が出るほどの力で私は街路を殴ったのだ。

きっと、フェイタンを殺すつもりで。

「!!」

まだ状況が上手く飲み込めない私たちの頭をおいて、私の体は勝手に動き出した。

、なにやてるか!」
「わ、分からないわよ…!!」
「自分のしてることわかてるか?」
「…体が…言うこときかないの!」

フェイタンは、は?という顔つきで私のほうを見た。



「それは…誰かの念の仕業か。」
「…心当たりは…えっと…」


最近の仕事がざっと頭の中によみがえる。








心当たりは…







…いた…!!





「思い出した!」
「何よ」
「この前仕事で唯一逃しちゃった奴なの!人の体の一部を手にすることで、
 その人の行動の自由を奪う能力!」


ラヴァーズ・ヘイト
愛する人への憎しみ 



私の行動の自由を奪う上に、この能力の一番厄介なのが…

ラヴァーズ・ヘイト
『愛する人への憎しみ』





其の名のとおり、私が襲い掛かるのは本当に愛する人にのみなのだ。






私は自分の顔の脇に揺れる髪をにらんだ。
今は少しショートの髪型だが、あの時はもっと長かった。

奴とやりあったとき、後に飛びのいた拍子に髪の毛が前に出たのだ。
それを見逃されるはずもなく、奴は私の髪の毛の一部を切り裂いた。


そしてそのまま逃げ出した奴はもう既に私の眼の届かない所まで
俊足で駆け出していたのだった。
追う事もかなわず、ただそこには髪を切られた私だけが残って。


「どうしよう…このままじゃフェイタンが!」

いずれ体力が尽きるのはフェイタンのほうだろう。
もちろん私は操られているのだから、
意識を失おうが死のうが、踊り続けるのだ。







その時、フェイタンの目の端に怪しい影がうつった。
街路の影からこちらを伺っているようだった。

「…?」

フェイタンは自分を殺そうとする彼女の攻撃を巧みにかわしながら、
其の一瞬の隙を衝いての元から駆け出した。

「フェイタン!?」
!体を抑える努力でもするね!」
「…え!?」

フェイタンの動きに感付いたのか、直ぐに消える影。

「そうはさせないよ。」

フェイタンの俊足は流石にかなわないだろう。

徐々にフェイタンの視界で大きくなる黒い影。

「フェイタン!飛んでッ!!」

直ぐ後まで追いついていたの突然の言葉を受けて
フェイタンは驚きつつも何とか飛び上がる。
其のうちにも影はぐんぐん距離を離そうとする。

フェイタンが下を見ると、は短剣を振りかざしていた。
大きく外した反動では体制を崩してガクりと倒れる。

「……」
「早く行って!!」

フェイタンは思い切り拳を握った。





あふれ出す思いに

耐え切れなくて。






許さない。
許してたまるか。
をあんなにした奴


許さないね。




フェイタンは大きく飛び上がり、相手の目の前へと着地した。

「うわー!やめてくれ!!」
「今更何言ても遅いよ」

至極残酷な低い声音でフェイタンはそいつに告げた。
生々しいほどの叫び声と共に、男の爪が宙を舞った。

「…の念を解くね」
「…教えない…!」
「そうか…それじゃあ次は足の骨行くよ」

ゴキ、と鈍い音が響き、男はその場に崩れ落ちた。
これでもう足は使い物にならなくなり、
逃げることも立ち上がることさえも不可能となったのだった。

「わかった、教える!」
「…言うね」



フェイタンは聴いた言葉に唖然として耳を疑った。


「…へっ。後はあんたらの問題だ。俺は失礼するぜ」

男は彼の念能力であろう乗り物を使って、その場からまたしても
逃げ出したのだった。
フェイタンは追いかけることもせず、
振り向いて追いかけてきたを見た。


…」
「フェ…イタ…ン」

体はもう、ボロボロで。

フェイタンは思わずから一瞬間目をそらした。
こんなにもボロボロになったを見たのはコレが初めてだった。
旅団の一員としていつでも前向き、強気な性格で
敵に対しては容赦が無い。
そのためかいつも体にはキズ一つつけずに帰ってきた。

今までのこと全てが

覆されてしまったのかのように。


「ごめんフェイタン…必死で抵抗したんだけど…。」

の体がビクンと震えた。
そして目が見開かれ、まっすぐにフェイタンを見たのだ。

日が傾き、高い建物にはさまれた街路まで
もう光は殆ど届いては来なかった。
フェイタンが目を細めたあの光も
もはや二人を見届けてくれはしないのだろうか。

薄情なものだ。


フェイタンは向かってくるを紙一重でかわした。
肉体は愚か、精神面でもそう早く体を動かせるはずは無いのに。
の行動スピードは下がるどころかさらに速度を上げて
フェイタンに突進してきた。

元々運動能力があるためか、フェイタンにとっても
よけることはそう容易なことではない。



















「フェイタン…フェイタン、フェイタン!!」

私は意識の及ぶ限り最愛の人の名を叫んだ。
叫んで叫んで。声がかれても良い。
声が出なくなるまでずっと叫びたかった。

でも、その最愛の人を苦しめているのは、私自身。
もう頭を抱えたくなるほど悲しくて、苦しくて。

…いっそ死んでしまいたい。

私の意識は死までに達した。
そうだ。死んでしまえば…こんな醜い姿で居るくらいなら
この命を燃やして…たとえ、魂を失った体だけが動くとしても。
そうすればフェイタンも心置きなく攻撃できる…。

「ねぇ、フェイタン」

の拳が空を切る音と、
フェイタンの身がそれをよける音が
ひゅんひゅんと唸りをあげる中、
は不意に体にそぐわない暗い声で呟いた。

「私を、殺して。」


フェイタンは流石に耳を疑っただろうか。
フェイタンの気持ちは、私が一番よく分かってる。
いつも、皆とは少し違う目を向けていてくれたことも知っている。
そして、そんなフェイタンを私は好きなのだ、と言うことも

私にはよくよく分かっていた。

だから、フェイタンに私を殺してほしいなどと
そんな願いほど酷なことは無いだろう。
だけど、私の体はもう自由に動かない。
自分で自分の命を断ち切る事すら出来ない、情けない自分を恨んだ。

「今のつかれきった私なら、フェイタンなら楽に殺れるはずよ!」
、正気か。」
「ええ。私はいつでも大真面目よ。」


相変わらずが攻撃しフェイタンがよけるという状態が続いている。
フェイタンの額からは一筋の汗がつたっていた。

フェイタンの頭の中には、一つの決心がついていた。
このまま、を殺せるはずが無い。
それならば残る手段はただ一つ、
先刻男から告げられた方法に頼るほか無いのだった。


…」


初めてのことで。

今まで、感じたことなんか無くて。

戸惑うばかりの自分が凄く憎たらしかった。


パシッ


向かってくるの腕を
今度はよけずに自分の手で掴んだ。
もう片方の腕も同様に。

と、同時に今度は膝から蹴りが飛んできた。
フェイタンはすかさずを押し倒した。

、よく聞くよ。」

「フェイタン…?」


『教えてやる。あの能力の解き方』

フェイタンはの腕を掴んでいる手に少し力を込めた。

『お前が、あの女を完全に絶望させることだ。』

「最期に言わせてもらうね。」
「…?」

『ただし、一度絶望させたら其の相手の…』

男がにやりと笑ったのを思い出して怒りがこみ上げてくる。

『心は二度と、戻ってこないぜ。』



、ワタシのこと…」




















「大嫌いだたよ。」












低く発せられた声。

の目が見開かれた。
押さえつけるのに抵抗していた力がたちまちすっと抜けて、
途端に膝がガクガク震え始めた。
もはや視点はゆらゆらと揺れて定まっていない。

フェイタンはその様子を至極冷静な目で見ていた。


「…力が…入る…」

とはいえ、ボロボロになった体ではろくに歩くことも適わず、
ふらふらと立ち上がったはフェイタンを見下ろした。

「それは幸運ね。これで殺す手間が省けたよ。」
「……そう。」



幸運でないことくらい。
偶然何かではなく、ああすればに戻ることが
必然であること。フェイタンはに告げなかった。

告げたとしても…彼女はもう。



「…フェイタン、今日は無理に買い物頼んでごめんね。」

「嫌。」

伸ばしかけたフェイタンの手を振り払うと
は薄らと笑みを浮かべた後、其の目に涙を溜めて


「嫌…フェイタンったら…嫌いなら最初から優しくなんて…しなければよかったのに」


零れ落ちた一滴の涙は対照的に汚い街路におちて
小さな小さなしみを作っただけだった。
けれども彼女の悲しみを表現するには
たった一滴でも十分過ぎた。



もう、彼女の心は戻らない。



フェイタンがどんなに尽くしても。



フェイタンは自分の心が、どうしようもないくらいきつく締められた感じがした。
あまりの苦しさにフェイタンは僅かに眉をひそめた。



は二、三歩歩いて、ピタリと立ち止まった。

「私、そろそろ旅団を抜けようと思ってたの。」
「…?」
「血泥みの生活に嫌気がさしててさ」
「……」

フェイタンは何もいわなかった。
自分の発する声では、何の意味も持たない。

「良いタイミングだったよ。」





つと後ろを振り返る








「それでも私が旅団を抜けられなかったのは、フェイタンの存在が…
 私の中で大きすぎて…でも、これで決心がついた。」

フェイタンは、下を向いたまま。



「フェイタン。」


はそんなフェイタンにまた薄い笑みを浮かべて、



















「さようなら」






















そう、呟いた。




































二度と戻ることの無い彼女の心

フェイタンへの愛の感情

彼女の愛と彼女の命となら

命をとることのほうが大事だと。

フェイタンの専決によって




はフェイタンを愛することは二度としなくなった。




フェイタンの目から涙がこぼれることは無かったが
体中が「サミシイ」と泣いていた。
失って始めて気付く大切なもの。


フェイタンにとってそれは





























だったのだ。


































夕日は沈み闇が当たり一体を覆っていた。
黒い衣装に黒い髪の毛黒い瞳
星の光も無い溶けそうなほど真っ暗な夜の
真っ暗な小路で

残されたフェイタンは



たった一人。




























































+++++
あとがき
フェイタン夢…はどうしてこんなにも悲しくなるのか。
前回は死夢??フェイタン…だって甘く出来るような人じゃないもの(酷い)

フェイタンにとって大事なのはその時は命のほうで
大事な人が生きているならそっちのほうが良いと
初めは思っていたのですが…。
いまひとつ感情が理解しきれてないフェイタン。
どこまで書いていいのか分からないから難しい。
さん、ここまで読んでくださってありがとう御座いますー^^

*輝月