四角く切り取られた窓の外は、時間とともに姿を変える空が全てを占めていた。

窓にガラスがはめ込まれていないために、自分を映すことさえ不可能だ。

他に見えるのは、ただ石畳が四方に広がっているだけだ。

耳に聞こえる風音にはもう飽きた。



窓から入り込む風は時たま、彼女の髪をざわめかせる。


寒さは感じない。

春はとうに来ているし、花だって咲いているはずだ。

だが、夕暮れから早朝にかけての寒さはまだ耐え難いものがある。


だけど。


私の肌はまるで何も感じない。


日々苦しめる痛みすらも最近は感じなくなってしまった。

否。

感じないのではない。慣れてしまったのだ。


そのことに気付いたとき、とても悲しいような気分にとらわれたのを覚えている。

自分がこんな生活になってからもう何年経つか、分からない。

分からないくらいに長い間閉じ込められている。






助けてほしいとも、もう思わない。






目を閉じても、そんな人が思い浮かばなくなってしまったから。



























































  蝶 が 死 に 行 く 場 所 を




































































今日もこの時がやってきた。

開いた扉のほうを振り返ろうとすると、手足につながれた鎖がジャラりと音を立てる。




床を叩く靴のコツコツという音が、今日はやけに耳障りだった。

恐らくまた新しいものを買ったのだろう。どうしてこいつはこんなに趣味の悪い革靴ばかりを買うのか。

なかなかに売っていないような、悪い意味で凝ったデザインの革靴は歩くたび奇妙な音を立てていた。






「はぁ……今日の相手は手ごわかったよ。なぁ

独り言だ。いつも決まって、一日の出来事をひとりごちる。

返事はしたことがない。私の知らないことを持ちかけられたところで返事など「はぁ」としかできるわけがない。

一度そのようなことを言ったらよほど機嫌を悪くしたことがあったのでそれ以来何も返答したことはない。

だが、それはそれで頭にくるらしい。



「……返事くらいしろよ?なぁ。」

私をよぶとき、なぁ、というのが癖になっている彼は、少しイラついた顔で私を覗き込む。

「ま、いつものこと、か……―――」



と、手に持っていた鞭をパシンと石畳に一打ちする。壁も全て石造りなせいで音がいやに響く。



「…でもな、その態度がいつもむかつくんだよ!」


静かな口調が一気にして荒れた。語尾がかすれるほどに大声を出されて顔をしかめる。

次に来るであろう攻撃に備えると、思ったとおり腹に鞭がとぶ。

思わず彼の顔を見てしまう。


「あ?何だよその目は。」


行動一つ一つにケチをつけられ、彼は逆上する。よほどストレスがたまっているのだ。









私は、彼のストレス発散玩具。










いつ連れて来られたのかは定かではないが、それは彼の手によって行われた。

私は名も持たない一人の捨て子だった。




『拾ってやる。飯も食わせてやる。だから、少し言うこと聞け、なぁ?』

『お前の名前はだ。いい名じゃねぇか。』



確かにご飯は毎日二回だけ運ばれてくるし、着替えもしてもらえる

(どうやら薬で眠っている間に誰かが着替えさせているようだ)。



でも、毎日繰り返される行為にいい加減、死にたくなっていた。

勿論何もしなかったわけではない。死ぬことなど恐れていなかった。でも彼は殺してはくれない。

最後の最後で鞭をとめ、また明日と笑って去っていくのである。

舌を切るにも、なぜか切ることがかなわなかった。


この屋敷に住むものの念能力だと踏んだが全く明確な理由はつかめていないままだった。








今日も死ぬほどの出血量の、ギリギリまで虐げられて終わった。

貧血で何度も意識を失ったが、次の日には生きているから激しい憎悪に掻き立てられる。




こんなにも醜い生き方をするくらいなら

拾われる前に死んでおけばよかった。








「また明日来てやるからな…せいぜい生き」


不自然なところで言葉が止まる。


不思議に思って顔を上げた瞬間、先ほどまで殺したいほどに憎らしかった彼が目前に倒れてきた。







血まみれで。






























「残念。明日はなかったなー」


場にあわない少年の声は今迄この腐れた人間の発する音しか聞いていなかった耳には新鮮に響いた。


「……アンタ…。」

見ると、鮮やかな銀髪に鋭い眼光が目に入る。

少年はこちらを向くと、黙ってが繋がれている鎖を外した。


「何で。」

「は?」

「殺せばいいのに。」


仮にも助けてくれた相手に言う言葉ではないことくらい、分かっている。

でも、助けたからこそ。


「私のこの姿に同情して鎖を切ったのなら、殺してください。」

「……ふぅん。そんなに死にたいわけ?」


心底意外なような、それでいてどこか面白がるような声を発する。


「別に同情したわけじゃないから、殺さない。それに殺すなら初めからわざわざ鎖外さないし。」




そのまま去っていこうとする少年に、問いかける。








「じゃ、じゃあ一つ聞いていいですか。」

「……何。」

「今日って何年の何月何日ですか?」



残る力で何とか立ち上がって彼を追う。

げ、といった様子で少年が顔を青ざめさせて、それから一気に赤く染めさせた。




「わかった、教えてやるから取り合えずちゃんとした服着ろよなお前。」


今更格好なんて気にする気もなかったが、

取り合えずそこらへんの使用人のメイド服を投げつけられたのでそれに従った。




























「ふぅん……六年間ねー……12歳ほぼオレと同い年じゃん。」


「拾われた後からただ日が昇って沈むことの繰り返しだった。それでも、生きてた。

 死にたかったのに、死ねなかっただけなんだけど…。」




キルアと名乗る少年は服を着た私を担ぎあげると、この建物の応接間らしきところに連れ込んだ。

私達は、いつの間にか打ち解けていた。




「貴方は…本当に酷い。」

「何でだよ。」


殺し屋を名乗り、命乞いする数え切れない人達を切り捨てておきながら。


「ずるい。天邪鬼だ。」



これからはいる場所すらないというのに。




「しったこっちゃねーよ、お前の今後なんて。」


さして興味もない様子でキルアは吐き捨てた。


「でも、なんとなく…だけど。」




直感的に感じたことだけど、



「オレと似てる部分があるなって思っただけ。」



生きる資格を求めてるってこと。



人形なんかじゃなく

玩具なんかじゃなく


一人の人として、自分の意思で動く者として、生きたいと。






「そんなの…自分勝手で我侭。」



対等に扱われたことなんてなかった。

気付けば私はたった一人で、雨にさらされる生活になった。

過ぎていく人には見下されていた。

それが当たり前だと思っていた。

この人たちの様にはなれないと自身に思い込ませることで楽になった。







でも、望むことだけは

いつでもかわらなくて。






あの人たちと一緒に笑ってみたいと。









「なぁ、アンタ……。」


キルアは少し笑みを含んだ口元で言った。



「まだ、どうしても死にたいと思ってる?」

「思ってる。」

「嘘だね。」



突然に否定されて驚いていると、



「だって、本当に死にたいって思ってんなら舌噛み切るくらいするじゃん。」


だろ?笑っていったキルアは服や顔に付着した血の色を、臭いを忘れさせるくらいに幼かった。






「ハンターって興味ない?」

「何、それ。」

「世界中の色んなところにいけるんだぜ。普通の人が入れない場所にも入れる。

 宝を探すことだって、賞金首(ブラックリスト)を狩るのだって自由だよ。」



自由、その言葉に私が僅かに反応したのをキルアは見逃さなかった。





「なぁ、一緒にきてみねーか?」



キルアは私を見ていながら、どこか遠いところを見るような目で私に言った。








「オレも、一人の人として生きることに決めたから。」





キルアはに手を差し伸べる。

その手は血にぬれているにも関わらず、は躊躇無しにその手をとった。





















玩具は箱を飛び出す。

深夜、星が瞬く闇の下で

人形をやめた銀色の彼と

玩具をやめた囚われの彼女は




二人で自由への歩みを進める。





























願わくば





この手が繋がれたままがいいと




そうしたら、いつか一緒に笑えるんじゃないかって。



そんなことをふと思った。






















































































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あとがき

キルは自分と似たような境遇にいた彼女をほうっておけなかったのでしょう。

それにしてもほんとすみませんな気分です…orz

文なげーよ!みたいなね(そこじゃねーだろ)

はい、苦情不満はBBSまで(そこ!空き缶投げない!!



*輝月