「…………。」


寂しい。


「……………。」


…寂しい。



この乾いた砂の世界で、自分を満たしてくれるものは無い。

欲しいのはただ…ある一つのものだけだというのに。








何度も何度も何度も、あの日から焦がれていた。

父母のそれが消えてしまったあの日から。


もう、二度と感じることは無くなってしまったそれ。

否、今となってはもう二度と感じることは“できなくなって”しまった。


「……どうせもう、それを与えてくれる奴も居ない。」


一人ごちる。だがしかし、言い得て妙だったのが嫌に悲しくて。


希望を捨てて、でも心のどこかで期待はしていたのかもしれない。

期待をしたところで、オレ自身が傷つくだけだとは分かっていたから、

そんな気持ちがあっても無視をしていただけなのかもしれない。





一人で、静かに泣いた。

手で押さえ切れなかった涙が頬を駆け落ち、静かに床を濡らした。


その頬に突然何かの感触があった。

驚いて顔を上げると、心配そうな顔がこちらを向いていた。

だがそれは全く知らない女性(ひと)で、ここら辺では見かけない格好をしている。

誰かがそこにいることに不安になりながらも反面、大きな安心感に包まれていた。


「……誰だ。」


尋ねても彼女は少し笑うだけ。自分にはそれが、天使か女神にさえ見えた。



だがその笑みがフッと消え、彼女は悲しそうな顔をする。

少しだけ首をかしげてオレの顔を覗き込んでいた。


「オレに、構うな。」


彼女はふるふると首を横に振ると、頬を人差し指で指差した。

オレが泣いていることを指摘するかのように彼女は言うと、至極心配そうな顔をする。



……少しだけ、驚いた。


こんなふうに冷たくあしらえば大抵の奴なら「折角優しくしてやったのに」と踵を返す。

……なのに…何で、居なくならない?

歳の割りにたった一人で居たオレを放っておけなかっただけか?

ただの……くだらない、同情とかいうやつか。


聞こうとして、口をつぐむ。


すると直後、何かが体を包んだ。



それは彼女が抱きしめていたのだと理解するのに少し時間がかかった。



何故だか安心感が一気に増加するが、それに比例して不安までもが膨らむ。



知らない……何だ、この感覚。



未知…否、懐かしい気もするこの感覚の名前を、なんて言っただろうか。

彼女のおかげで思い出せそうな気がする。



そう、確か…。




“ぬくもり”




自分からも手を回そうとしたが、出来ない。

彼女は確かに見えるけれど、確かなぬくもりも感じるけれど、彼女の存在には確信がもてなかった。

そう思うと彼女に触れるなんて、そんなこと怖くて出来なかった。

きっと膨らんだ不安の原因は、抱きしめられたときに感じるはずの“感触”がなかったことにあったのだろう。



「…オレが誰なのか知ってるのか?」



そっと彼女の“ぬくもり”が離れた後そう尋ねると、彼女は首をおもむろに一回だけ…縦に振った。



…何でオレを知ってる?本当に、誰なんだ。だが彼女は相変わらずその儚い笑みで笑うだけ。

もしかしたら、口がきけないのか、とも思った。


すると、不意に彼女がオレをじっと見つめてきた。


「サソリだ。」


それを見つめ返すうちに思わず、口からこぼれ出た言葉。


「オレの名前は、サソリ。」


彼女を必死で繋ぎとめるように、言葉を発した。


彼女はそれにこくり、と頷くと、突然悲しそうな顔をして…

ほんの僅かだけ口を開いた。







「……サソリ。……ぬくもりを与えなければ…ぬくもりはもらえない…。

 ……だから…いつかわたしを……。」






全てを言い終わる前に、傍にいたはずの彼女が一瞬にして数歩離れた遠くにいた。

彼女は静かに、オレに手を伸ばす。オレも手を伸ばした。


そんなに離れていないはずなのに手が届かない。


「…待てよ。」

何も話してくれなくても良い。

黙って傍にいてくれれば、それで良いから。




いかないでくれ。





彼女は最後に悲しそうな笑みを残すと、消えた。

急いで、思い切り手を伸ばした。




「……ッ!」


























そこには、眩しい光景があった。

目の前には、自分の手。


「…夢…か。……何だったんだ…。」


朝の光に少し目を細める。いつもと変わらぬ、何度目かも知れぬ朝だ。


先程の夢を思い出す。……自分は随分幼かったような気がする。

そして、何よりあの女は何なんだ……。



『だから…いつかわたしを……』



何だと言うんだ。

記憶にも無い女なのに、妙に印象が強くて顔を思い出してしまう。



「(だが……)」



嫌な夢ではなかった。他人には絶対に話せないが、正直少しだけ嬉しかった。

もう一度会いたい。その為ならだって出来るような気さえする。

否、何だってしてやる。



……だから。

本当は欲しくて堪らなかったものをくれた彼女に出会えたことは












どうか、夢。





















その後暁の任務についたサソリが、ある国で大虐殺を犯す時。

」と名乗る女を見つけ、アジトに連れ帰ったのはもう少し先の話である。





































































+++++
あとがき

消化不良です…。フゥ。

スピッツの正夢で「どうか正夢」というフレーズだけを聞いて勝手に作ったもの。

歌とは何の関係も無いです。寧ろ真逆かと。(後から歌詞を見たらあまりに逆で笑えました)

「キミの体温」と微妙に繋がってます。さんとの出会いの話。…運命ですね。


*輝月

060416