これで今日の授業が終わる。

あたしはもう集中なんかしていなくって、机の上には放置したシャーペンが仕事をすることなく寝転がっている。

取りかけのノートはフランシスコ・ザビエルのンまでが赤ペンで書かれてるけど、そこで終了。

ただぼんやりと、外を眺めていた。

静かだけど随分長い間、しとしと降り続けている雨。



あ、そうだ。今日は傘持ってきてなかったんだっけ。



ふとそう思って教室に置かれた傘立てに目をやると、一本のビニール傘が目に入る。

ハデなオレンジ色をしたそのビニール傘は、目立つものが好きな誰かさんの傘だった。



















「……あーあー…誰か傘入れてくれないかなぁ…」


独り言のように呟いた。ら、余計に寂しくなった。


最悪。今日に限っていつも一緒に帰る友は早退したのだ。今朝来るときに傘を持っていたのを見たのに…。

このタイミングの悪さ。悪くもない君を思わず恨むよ、親友。



「旦那ァー早く帰ろうぜ」

「おう。あ、雨降ってやがる…オレ傘持ってねーぞ」


呆然と立ち尽くしていると、そんな会話が背後から聞こえてきた。

ああ、またこの二人か。そう思うほどに聞きなれた声だ。相変わらず仲良しだなぁ…。

思えばこの二人とは、三年間一緒のクラスだったな。(デイダラに至っては幼稚園の頃からの腐れ縁だし)

そっか、もう中三か。

中一の頃はデイダラよりあたしのほうが背が高かったのに…。今じゃ十センチも差があるよ。


「今頃気付いたのか?旦那。オイラの傘に入れてやろうか。うん」

「アホ。男と相合傘する趣味はねーよ」

「…人の親切を無下にするもんじゃ…うん?」



あ、会話途切れた。とか、のんきに考えていたら、あたしの体を覆うようにオレンジ色の影が落とされた。


「う、わ!デイダラか。」


驚いて振り向くと、そこには傘を広げたデイダラがたっていた。

このオレンジ色の影は、こいつがビニール傘を持ったままこっちを覗き込んだせい。




「デイダラか、って何だよ。オイラで悪かったな、うん……ってアララ、も傘忘れ組?」

が手に傘を持っていないのを見て、すかさずデイダラが突っ込む。

「これはこれは傘持ち組のデイダラさん」

「(さん付け?)嫌味か?」

「こっちのセリフだっつの。」


と、奥にいるサソリと目が合った。…何故かサソリはニヤニヤ笑っている。(その笑顔怖いって)

そのニヤニヤを無視したくて体の向きを変えようとすると、サソリからとんでもない言葉がかけられた。




「デイダラ、お前入れてやれよ。」



「「え?」」



デイダラと声が揃ってしまった。(なんかちょっと恥ずかしい!)



「え?…旦那入んねーの?」

「男と相合傘する趣味はねーっつったろが。それに…ホラ、前だ前。」


その言葉につられてあたしとデイダラが前を向くと、そこには見覚えのある車が止まっていた。

「ったく…勝手に迎えにきやがって……。つーわけで、仕方ねーからオレ帰るわ。」

「あ、うん。バイバイサソリー」

「また明日なー旦那ァ」


この展開は、何なんだろうか。

多分親が迎えに来たのは偶然だと思うが、あれはサソリの気遣いというやつか?

サソリには、あたしがデイダラのことを気にしてる、なんて漏らしたことは一度も無いはずだ。



…まさか、彼持ち前の勘で気付いたとか…?




「ああ見えて旦那っておばあちゃん子なんだな。うん。」

「顔に似合わず…。」



おそらくそんなあたしの思考など露知らず、デイダラはそんなことを言った。

半ば感心したように、半ばサソリを馬鹿にするような笑みを浮かべて。




おもむろに彼の顔を横目で見ると、向こうもまたこっちを見ていた。

するとデイダラが不意に尋ねてきた。

「…本気で入ってくつもりか?うん?」


ちょっと苦笑の混じった声。


「…あたしも傘に入れてもらわなきゃ帰れないし…」

「ま、今更何かを気にすることないか、うん。」

「その通り。お願いしまーす」



デイダラが傘の半分を開けてくれて、あたしはそのスペースに体を縮めて入った。

そうそう、いっつも一緒に居たあたしたちが、今更一緒に帰るとか一緒の傘に入るとか



アンタから見れば、気にすることなんかじゃないんだよ、ね。

















「………」

「………(ハァー…どーしましょ)」




あ、いやね。帰り道何話すとかさ、ホラ良い話題思い浮かばなくて…何か言おうとは思ってんだよ?

けどなんていうか…その、微妙な話題だから直会話も終わるだろうなとか迷ってたらタイミング逃しただけで。

まぁつまりは沈黙が続いているわけなんだけどね。(何でこうなるの?)




無駄にドキドキする心臓に、こんなときだけ乙女モードに入るんじゃねーよと叱咤する。

一番近くであたしたちを見ていたサソリは気付いたみたいだったけど、多分能天気なコイツは気付いてないだろうし。

相合傘だってこれが初めてなわけじゃないじゃん。幼稚園の頃とかいくらでもしたじゃん!(あ、それは古すぎか)


今迄だって、いつもと変わらずに話しかけてこれたでしょ、





けれども、こういう時の緊張って言うのは性質が悪いんだよ。

ほんっとうにくだらない話題しか見つけ出せない。

自分が、バカみたい。





「(何か…何か話題話題話題話題わだいわだいわだいわだ…いわだ?)」


混乱する頭の中で、とにかく何かを言おうとして口から出た言葉は








「デイダラって好きな人いんの?」

「…はあ?」

「……(何聞いてんのあたし!?)」








あれ、どうしたんだろう可笑しいなぁ。たった今脳内の何かが一瞬だけ反抗期になったよ!

っていうかいきなりこんなこと聞いて(たとえいたとしても)「いるよ」とか答えるヤツ普通いないよォ!!


「オイラの好きな人…?」

「う、うん。」





「…いるよ。」

「……え。」






こここ答えちゃったよ!どうしよう、コレ、詮索しないといけない雰囲気だよね…。

まぁ話題提供あたしだもんね。しょうがないから責任取らなくちゃ。


「えー誰誰!あたしの知ってる人?」

「うんまぁ、知ってんじゃね?うん。」

「もしかしてウチのクラスとか?」

「お、当たり。」



な、何か今日のデイダラ君、素直すぎじゃないですか。

『教えてよー!』

『誰が教えるか!うん』

『そっかー…じゃあしょうがないな。』

って感じにこの話を終わらせるつもりが……。予想外の展開だ……。




「デイダラ、そんな簡単に教えちゃっていいの?ここまで知っちゃったら人物特定するのも時間の問題だよ?」

「別にいいぜ。つか当ててみろよ。どうせ当たんねーから。うん」

「んな!?何をおっしゃる!」


今度は自信過剰発言かい!


「じゃあ片っ端から言ってやる!」

「……別に良いけど、やっぱ駄目。」

「…え?」


デイダラは、不意に立ち止まると、前を見据えたまま黙り込んでしまった。

何だ何だ、一体何が始まるんだ。今日のデイダラはおかしいこと続きだな。


デイダラはよし、と独り言のように呟くと、わざわざ体の向きまで変えてあたしを見下ろした。

はみ出た傘のせいで鞄が濡れるが、何だかそれど頃じゃない雰囲気だ。


意地っ張りなあたしは、デイダラとかち合った視線を逸らせない。


「…デイダラ、どしたの?」

「お前にだけ、特別オイラの好きな人を教えてやる。」

何も考えずにあたしは、次の言葉が紡がれるのを、能天気に待っていた。


「オイラ、」


何時の間にか、雨が降っているにも関わらず、雲の切れ間から光が差し込み始めていた。




オレンジの傘と
  ( あ た し の 視 界 を 彩 る 、 占 拠 す る 。 )













オマケ


「あ、ヤベー鞄びしょ濡れだ…うん」

「…ん?デイダラさん…その中にはあたしが貸したノートが入っているはずでは……?」






















「+星に願いを+」二周年記念企画「星夢祭」にて

written by 輝月流星


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