私は隣の男を盗み見て、こっそり微笑した。








非道冷酷極まりない罪人だらけの極悪組織にだって、どこにでもあるような恋愛の一つや二つあったっていいだろう。だってそれが人間の性じゃあないか。
夜間任務帰り、休憩もかねて草原で足をとめている彼を見つつぼんやりとそんなことを考えた。




静かな草原には、私と彼と、そして夜空だけ。隣にいると口うるさく芸術を説いてくるデイダラもここにはいない。
私は髪結いを解いて、マントのボタンを一つ外した。

一方隣の傀儡使いはというとまだ重たそうな傀儡に入ったまま、口を利かずにじっと遠くを見つめていた。ただ見つめていた、と言ってもそれは傀儡の目にすぎないので、中にいる彼がどこを向いているかなど、全く分からない。
もしかしたら居眠りしているんじゃなかろうか。沈黙を保ったまま彼は物音一つ立てなかった。


私は小さくひとつため息をつき、ふと空を見上げた。

今日は天候が良かったらしく満天の星が輝いている。
折角二人きりの時間を過ごしているというのに、いかにも恐ろしい形相をしているヒルコの顔を見ながらでは、雰囲気が台無しと言うものだ(これを言ったらサソリさんに殺されそうだから言わないけれど)。




「(私もやっと、夜空が見上げられるようになったか…)」



周りの皆に実力の劣る私は、人一倍の努力が必要だった。
私は抜け忍になった所をサソリさんに拾われ、大蛇丸が抜けた穴を埋めるために入った「仮」のメンバーに過ぎない。
隠れ里での任務は割りと余裕を持ってこなしていた私だけれど、ここはかの有名な暁である。任務の厳しさも、砂の里のSランク程度は優にあるだろう。

とはいえ、今日のようにデイダラが単独任務の時は代わりを勤めたりもするので、サソリさんとは何だかんだで一緒に任務をすることが多い。
彼の眉を顰めさせることも少なくなかった。
しかしなんだかんだで私にいろはを教えてくれたのはサソリさんだし、いやな顔をしつつも見放さないでいてくれたことには、とても感謝しているし。彼のためにも、強くなりたいと思う。


いやはやそれにしたって、今日は割と上手くやれた方だと思ったのだが、やはりサソリさんは機嫌を損ねてしまったのだろうか?







「サソリさん?こんな時くらい…ヒルコから出たらどうですか。」
「あぁ。」
「それじゃ夜空、見にくくないですか?」
「…あぁ。」
「何なら私、手伝いましょうか。」
「…いい。」







笑止。

私、明らかに相手にされていない。
不貞寝の意味もこめて、草原に身をゆだねた。360度に夜空が広がる。



「きれい……。」



思わず感嘆してしまった。
遮るもののない空に広がるイルミネーション。
一瞬自分がどこにいるのかも、誰といるのかという感覚さえ、奪われてしまった。


血塗れた私たちと対照的に、白く清い光を放つ星々。

汚れさえも、吸い取られてしまえばいいのに。





その時、ガチャッと音がしたかと思うと、隣の草がクシャリと潰された。
驚いて横を見る。他でもないサソリさんだ。



「気が変わるの、早いんですね」
「うるせ。」



特に理由もいわずに、サソリさんは私の隣に横になった。私としては突然の出来事に落ち着きを取り戻せない。妙に意識してしまっている右半身は熱を持っている。耳が、熱い。


「あ、流れ星ですよ!…何か願い事でもしませんか」
「……お前は何を願うんだ?」
「それ、言っちゃったら叶わないでしょ!」


サソリさんは夜空を見上げたまま馬鹿にしたように笑った。ガキか、と。


「な、ならサソリさんはどうするんです?」
「………」
「ほら、言えないじゃないで」

「言っても、いいんだな?」





唐突に、身を起こしたサソリさんの瞳が私を貫いた。





突然のことで私の頭は真っ白になってしまった。彼の言葉の真意を考える余裕も、起き上がる余裕すらない。ただただ、上体を起こしたサソリさんを見ていると、サソリさんはもう一度、少しゆっくりめに繰り返した。


「言ってもいいのか、と聞いてる」
「え、あ……」


答えられない私を、尚も真剣な瞳で見つめ続ける。心なしか徐々に近づいてきている気が、するのだけれど…。
一体なんだというのだ?そんなにまずい質問をしただろうか?

「や、別にいい、です…けど」
「けど?」

私の顔のすぐそばで眉をひそめて問う彼(おいおい近いよ!)に、私はあわてて「ななな何でもありません!」と言葉を返した。


「そうか。」


またごろりと横になるサソリさん。

…そうか?

少ししてようやく頭が冷静に働くようになってきた私は、あわてて体を起こす。


「結局言わないんですか!」
「……」
「(こ、このタイミングで無視か…!)」


私は再び小さなため息をつくと、流れ星観賞を再開するために横になろうとした。

なろうと、した。

が、その意図にそぐわず体は右へ引っ張られた。


「え?」


少し硬質な感触が側頭部に感じられた。誰かが私の頭を引き寄せたのだ。でも誰が?いや、ここには二人しかいない。でもありえない。ありえないだろう、この人に限っては。
だけれど、目の前にあるこの、マントは。

「サソリ、さん……?」

私の言うことなど、聞いているのかいないのか。引き寄せられる感覚は弱まることなく、寧ろ強くなっている程だ。顔を見ることさえ叶わず、もはや理解の追いつかなくなってしまった私は、彼が次の行動に出るまで待つことしかできなかった。


「オレの願いはな…」
「い、言っちゃったら叶わな…」
「黙ってろ。んな迷信ハナから信じちゃいねぇよ。…それより…」

サソリさんは腕の力を緩めると、私と視線を交じらせた。逸らせない、視線。強制的にそういう体制をとらされているのもあるが、それだけじゃない。サソリさんの瞳が私を逃してくれないのだ。


「お前に伝えることのほうが重要だ。」


何だ何だ、何が始まるのだ。草をなでる風の音も、夜を奏でる虫の音も、今はもう遠くの喧騒でしかなかった。









「オレの願いはお前と、。ずっと一緒にいること。……ただ、それだけだ。」









サソリさんは僅かに口角を上げる。本当に僅かだが、私は彼のこんな顔を本当に久しぶりに見た気がする。私はあまりに日常とかけ離れたサソリさんの行動に動き出せず、口をあんぐり開けたまま呆気に取られていた。
しかしサソリさんは直ぐいつもの無表情になると、ぶっきらぼうに、また私の頭を引き寄せた。

「何か言え、阿呆。」

何か言え、とは酷な注文である。言いたいだけ言って返事を強要するとは何たることか。


「…ですっ」


それでもやっぱり、伝えたくて。


「…あ?」


自分勝手だって、ぶっきらぼうだって、行動が読めなくたって…いいんだ。だってそれも貴方らしさだと、私には思えてしまっているんだから。
少女マンガみたい?でも恋は盲目だって言うよね。私もきっと盲目なんだよ。





もう、手遅れなんだ。






「私も、なんです!」




私もただ、あなたが好き。
伝えるつもりは、なかったのに、おかしいなぁ。




気がついたら、息ができなくって苦しくて、でも何をしているかくらいは途中でわかった。伝わったってことも、分かった。よかった。

サソリさんの冷たい手が、はじめこそ強く私を引き寄せていたけれど、徐々に力は弱まり、やがて私の髪の毛を梳きながらなでた。
サソリさんの手が冷たい。後頭部に彼の指が当たるたび、ひやりとする。その感覚がとても気持ちよくて私は、されるがままに目を閉じた。

そこに星は映らない。けれど私は、空に思いを馳せるよりもっともっと身近で、もっともっときれいなものを見つけたから、それでも…



いいんだよ。

















































数年が、経った。









































やっぱり、願い事は人に言うものじゃないんだね。
サソリさん、貴方の手は今、どこにあるの?
誰の頭を撫でるの?



「冷たいよ、サソリさん。」



季節は巡り。もうだいぶ涼しくなった。
冷えた夜風は私の髪を弄び、去っていく。



「冷たいってば……。」



私が任務帰りにふと足を止めたのは、いつかの野原。どうしてここにきてしまったんだろう。どうして立ち寄ったりなんかしたんだろう。

貴方を思い出してしまうことくらい、分かっていたはずなのに、 。




かつての私の輝ける星は、いまやあの空の星と同じか、いや、もっともっと遠くへ行ってしまった。
たった一つの願いも、こんないたいけな少女のちっぽけな願いすらも、神様は見届けてくれなかった。
ハナから信じちゃいななったけど、さぁ。






「会いたい…」





願いは言ったら叶わないんだっけ?
それとも迷信?・・・











頭を撫でる夜風。

感じる冷たさは、まるで貴方の、あの日の手。
















だひとり夜明けを 待った
































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サソリさんは思ったら一途だと思いました。
何となく。
ヒルコの中から実はじっと見てたりしそうだなと思ってw
あと露骨な表現は避けたつもりです。私は認めませんよ!!(まだ言ってる)
つらつら喋るヒロイン。面白いね  (??


輝月

08・1・1