私が失った“何か”って何ですか?

私が懐かしいと思う“これ”は一体何ですか?














































せ っ て 何 だ っ け  −12
               
一番に想うもののために出来ることがあるのなら














































「イルミ兄様…。今、お時間ありますか?」

か。どうしたの。」

「ちょっと……その…お話したいことがあるんです。」



突然自室を訪れたに僅か驚きつつ、自室へ引き入れる。

俯いたままが部屋に入ってくる。こちらを向こうとはしない。



「…で、何?話したいことって。」

「………それなんですが…。」



話し始めてもまだ、は顔を上げない。何か思いつめているようだし、オレも特にそれを指摘しない。

が改まって話をすることなんて珍しい。…ただ何となくは予想がついていた。





だってそろそろ、気にしだす頃に決まっていた。






「イルミ兄様は何か知っているんですか?」


唐突にが聞いた。









「…父様が…私に、執拗にあの写真の人について聞いてくること。何でなのか、知っているんですか?」









全く面識などないのに。


そう言いたげな余韻を残して、は言葉を切る。

どう返答していいか迷ったが、とりあえず無難な答えを返すことにした。






「知ってはいる。…だけど勿論国王に口止めされているし、そうなっている以上にいう事は出来ないよ。」






そうですか。は軽く返事をするとまた黙り込んでしまった。

役に立ててやれないことに歯がゆさを感じながらも、オレもだんまりを決め込む。

するとは再度オレに質問を投げかけた。






「じゃあ……父様の意向は聞きません。内緒にすることもイルミ兄様の仕事だもん。

 ……せめて。せめて写真の人だけが誰かだけでも、教えて欲しいの。」




その声には力が篭っていた。





「誰かは分からなかったの。でも、見たことがあるような気がして…でもいつだったか思い出せなくて。

 あんなに特徴的な髪色や顔をしている人なら、忘れたりしないはずなのに……。

 わからない…知らないけれど、あの人を見ると何故か“懐かしい”っていう思いがわいてくるの…。」





聞いていて、少し胸が痛くなった。


必死になっているを見ているのが辛い。




本当は全部を話してあげたい。





「教えてください、イルミ兄様!お願いです…!」

「(……!)」



語尾がかすれているのに気付いてのほうに手を伸ばそうとすると、

その手がに触れる前にの目元から何か、きらりと光る物が零れ落ちた。
















……泣いてるの?」
















は必死に首を振る。下を向いたままでも、先程の涙を見てしまえば泣いていることくらい分かる。



。…人と話をするときはちゃんと人の目を見るもんだろ?王様に教わらなかった?」

「………こんな目で兄様を見れません。」

「(泣いてるって言ってるようなもんじゃん…。)いいから。ホラ、前向く。」




半ば強引に前を向かせると、涙で顔をぬらしたがこちらを向いた。

やれやれ、と思いタオルを渡してやる。




「何で泣いてるの?…内緒にされることがそんなに悲しい?」


は首を振る。


「じゃあ何…その人が気になってしょうがないの?」




今度は反応を示さない。沈黙は肯定、ととってもいいだろうか。


「…ふーん……なるほどね。」




自分の弟のことを思い出す。もっともそうだと知ったのは最近だったが…。



「その人について教えて欲しいの?」

「………ごちゃごちゃしてます。」


はタオルからそっと顔を上げると、腫れた目でこっちを見た。



「本当のところ、知りたいのか知りたくないのかも分からなくなってきてるんです。

 知るのが怖いって気持ちもあるし……知らなければそれはそれで、とても心が痛い……。」


「知ってしまうのが怖いけど、大事なことかもしれないから知りたい、ってことか。」


こくり、とが頷いた。




「本当に、知りたい?」




それで、の心が壊れるくらいの思いをしたとしても?




「彼が誰だか…と彼は、どういう関係だったのか……本当に知りたいの?」











さらに自分が苦しめられることになったとしても…?














「………。」


は黙り込んでしまった。見れば手は震えている。

迷え。そう、迷ったほうがいいんだ。





そしてが、何も知らないことを望めば良い、なんて。





今更になってそんな思いがふと脳裏を掠める。





恐らく昔は、キルとクラピカ王子の間で苦しんでいたんだろう。

少なくとも、にとってキルはそういう存在のはずだ。


キルにとってが、そうであるように。



だからこそ全てを知ったときにまたが傷つき、迷い、板ばさみにされて苦しむよりも…

何も知らないまま幸せに過ごせば良い、なんて。



なんて自分勝手な、願い。




「(なんだ、迷ってるのはオレのほうか?)」




心の中でそっと自嘲した。












「イルミ兄様。」


呼ばれた声に過剰反応してしまう。

その返答をとらえる耳に、彼女を唇の動きを追う目に、全身系が集中しているような気さえした。



「イルミ兄様にこんなこと言ったら…笑われてしまうかもしれないけれど…聞いてださいますか?」



返ってきた声が答えではなく質問だったことに拍子抜けし、同時に眉を顰めた。

取りあえず頷くとはゆっくりと話始めた。




「ある時…真っ暗な世界に放り込まれたとします。周りは何も見えない。見えるものは自分の体だけ。

 手と、足と、体と、それだけが真っ暗な世界に浮かんでいるんです。」



は自分の両手を広げると、じっとそれを見つめた。




「暫く呆然としていると…何処からか声が聞こえてくる。私に向けた声です。

 ただ私はその声の主を探して、勇気を出して一歩踏み出すんです。両手を伸ばして、手探りしながら。」




は何時の間にかタオルを握り締めていた。

何かの恐怖から必死に逃れようとしているようだ。


話の筋はまた掴めないが、それを思い出すことがにとっては恐怖であることは間違いない。







「あるところまで行くと、必ず決まってぼんやり見えてくる。こっちに手を伸ばす誰かの手が。

 そして…それを掴もうとすると…いつも手が触れ合う直前に、見えない穴に落ちてしまうんです。

 当然手は、どんどん遠ざかっていってしまって……」





今ならもうはっきりと分かる。本人も気付いているだろう。

彼女の手はぶるぶると小刻みに震えている。






「浮いている感覚も何も感じる余裕さえないまま、遠くなる手がただ悲しくて、泣きじゃくった。

 …穴の上のほうから、尚もこっちに伸ばしているその手を掴もうとあがきながら…。

 結局その手を掴むことは出来なくて……おーいって、必死に呼ぶけど手はそれ以上伸びてこない…。



 手の先にいるのは誰なのか、声はいつ聞いたものだったのか、最後まで何も分からない…。」









「………。」



何もいえない。悲しすぎる、そんな話。










「いつも、そこで目が覚める……そんな夢を、何度も見ました。」










「…それが…自分が追い求める正体が“欠落した記憶”だって、はそう言いたいわけ?」

「はい…。」





そうか……。呟きつつ、オレは思った。

のして欲しい通りにしてやりたい。



「(何と言われようと…それで、いい。)」



不思議だ。感情に左右されずに動ける自分。それを買われてこの仕事に就いたはずだったが…。

今ではたった一人のこの少女に全ての感情を動かされている。



と一緒にいることによって自分自身が少しずつ変わってきているのを、素直に認めざるを得ない。








































は思う。夢に見る“何か”について。



その手の先にあるものは、きっと自分がそれほど大切にしていたもので、

耳に聞こえた呼び声は、きっと自分がそれほど聞きたかったもので、

目前に迫るくせに、決して届かない手は………





それだけその手は近いようで遠い存在だったということ……。



















!』




















名前も知らない私は、呼び返すことも出来ない。











否……名前なら知っているでしょ?







「(父様からもらったあの写真の人…)」



写真の横に書かれていた、父様の走り書き。

本当はそれを見た瞬間からずっと何かを感じ続けてたんだ。














「イルミ兄様、もう一度だけお願いさせてください…。……やっぱり私は、知りたいんです。

 教えてください。写真に写ってたあの人……」















ずっとこの名を呼ぶことを避けていた。

























「キルア=ゾルディックについて。」



























名前を呼んでしまったら最後、とうとう私の頭の中はこの人で一杯になってしまうんじゃないか




クラピカ王子を考える余裕さえなくなってしまうんじゃないか……って










そう思うととても、怖かったから。




































































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あとがき

イルミは姫が誰よりも“大事”なわけです。

ただし恋愛対象と言うよりは可愛い可愛い妹、と言った感じ。

お互いの気持ちを素直に言い合える、本当の兄弟みたいです。

(本当の弟君はどうしたんですか…本当の弟君は…。キルとイルが超仲良しだったらいいのに。)

今話は書くのに殆ど時間がかかってません。凄いスピードで書きあげました。


*輝月