あたしは、他の誰よりもあたしを信じます。












































せ っ て 何 だ っ け  −14
               
一番に想うもののために出来ることがあるのなら











































式場の外には、数え切れぬほどの国民。

相変わらず雨は降りしきっているものの、そんなことは誰も気に留めない様子だ。

そんな中、はゆっくりと教会の扉の前に立った。

先に位置についているクラピカの元へと歩みを進める。





は自分でも驚くほどに頭の中を真っ白にしていた。


式の進行は、何度も練習したから体が覚えているために問題はないのだが、

どうしても気を緩めると瞳が焦点を失ってしまう。考え事をしてしまうのだ。

本当ならば、こんな気持ちでここにいてはいけなかった。クラピカ王子ともそういう風に約束したはずだった。

けれど、自分の決断を下す場所としてここへは来なければならなかったのだ。




けじめをつける、場として。




パイプオルガンの音がやけに耳に残る。頭の中に響いてくる。

幾重にも重ねられた音が、の心の、どこか深い部分をくすぐって行く。


「(イルミ、兄様……)」


がクラピカのもとについてから一度、教会内を見渡すと、直傍にイルミが座っているのが見えた。

イルミは国王の近くで護身としてついているために席は最前列なのである。




父様との約束を破ってまで、あたしに真実を教えてくれた人。

あたしのことを本当に大事だといってくれた人。

そして、あたしが望むことを、望むようにしてほしいといった人。



イルミに対する感謝の気持ちでいっぱいで、すこし鼻の奥がつんとした。



「(貴方の言葉は私の視界に光を与えてくれました。)」



この場で頭を下げたかったけれどそれは出来ないので、心の中でそっと礼を言った。


あたしは、いろんな人に迷惑をかけてここに立ってるんだ。

イルミ兄様は勿論……クラピカにも。




本当に一途な愛を下さった人。

どこまでも大きな包容力であたしを包み込んでくれた優しい人。


そんな人を傷つけるようなことも、あたしはしてきたのだ。




。」


ふと、名前を呼ばれて我に返る。

隣ではクラピカが少し心配そうな顔でをのぞきこんでいた。


「…顔色、優れませんよ。無理はなさらないように。」


またそんな顔をしていたのか、と自己嫌悪を感じながらも、


「大丈夫です。少し、考え事を。」


ただそう返しただけだった。







あたしが選ぶべき道。あたしが守るべき繋がりは、どれなのだろう。


否。



あたしが選びたい道。あたしが守りたい繋がり、だ。

あたし自身が望むもの。それを、はっきりさせなければならない。



パイプオルガンの音は、相変わらず音を重ねる。の耳に、それが残る。











































一人の兵士は、少し息を切らしていた。

巨大な教会の前には、雨にもかかわらず沢山の国民が押し寄せていたために、

人ごみにまぎれて前のほうへ滑り込むのは至極容易いことだった。

雨で視界が悪く、国民のいる場所からは、教会の出入り口さえもよく見えない。



甲冑に身を包んだ彼は、背丈こそ他の兵士より若干低いものの、殆ど見分けがつかない。

まだ配置についたばかりでごたごたしていた門前の兵士達の間を上手く潜り抜け、

教会の扉の前の護衛と上手く交代した彼は一息ついた。


これから自分がやろうとしていることは、もしかしなくともこれからの自分の人生を変えるだろう。

もはや、平和に何事もなく生活していくという選択肢は、捨ててきたのだ。

ここに来ると決めたときからもう戻れなくなる決心はついていた。



全ては、一つの目標の為に。













……。」












小さく小さく……愛しい人の名前を呼んだ。

呼ぶとすぐ、彼女の顔が頭の中に浮かんでくる。


会いたいと、素直に思える自分がいる。


もしかしたら、念願は叶わずに自分は殺されてしまうかもしれない。

そもそもそんな大規模なことをする勇気は、今までの自分の中には無かったものだ。

そう。つい最近知った生き別れたはずの、実兄。

彼の一言と手助け無しに、自分はここまで来れなかっただろう。

彼にも心の中でそっと感謝の言葉を並べた。






兵士は、ゆっくりと、ドアを押し開けた。






































その時、余り広くは無い教会内に響くパイプオルガンの音の影響で、

誰かが教会に入ってきたと気付いた人間は入り口付近の極少数のみだった。

それも兵士の格好をした人間ならば、見張りの交代かと思って特に気にも留めない。


だが流石に、その兵士が教会のど真ん中を歩き始めた時、教会内はざわつき始めた。

気付いた前のほうの人々も、皆兵士に注目する。

そしてとクラピカもその姿をじっと見つめていた。クラピカはより一歩先に踏み出て、警戒を強めている。



「お前、何をしている」

直に入り口側の兵士が歩み寄る。

入ってきた兵士は、その言葉を耳にも入れないといった様子で、依然として歩調を緩めずに真ん中を突き進んでいる。

「おい、止まれ!…おい、お前達も手伝え!」

「…は、はい!」

周りの兵士もその声につられて、歩を止めない兵士に近付こうとした。




と、その時、一人の声が響いた。















「待ってください!」















彼女の隣にいたクラピカは驚いた。

声の主…が、いきなり兵士に向って歩き出したからだ。

歩き続けていた兵士は、その姿を見て驚いたように歩を止めた。

教会の中ほどで花嫁と兵士が向かい合って立っている姿は、とても異様なものだった。



「姫、危ないです!直に離れて…「王子、こないでください!…誰も、動かないでください。」


クラピカが慌てて後を追おうとすると、がそれを強い口調で静止した。

そして兵士のほうに向き直ると、ゆっくりと口を開いた。



「私自身、こんな状況になっているのに吃驚しています。

 …でも、どうしても知りたいんです。……貴方は、誰ですか?」


は、甲冑の奥に潜んでいるであろう、兵士の眼を見つめた。


「何だか、知らない人には思えないんです。……お願い、します。」




兵士は少し驚いたように身動きしなかったが、やがてゆっくりと片膝をついてから、頭部を取り外した。







ふわふわとした銀髪

猫のようにつりあがっている、鋭い瞳







彼は。キルアは、今度は甲冑越しではない瞳で、をただ見つめた。

鋭いが、何処か優しく、そらすことができない。

彼の瞳は、彼女への押さえきれない想いがあふれ出ているかのように切なげだった。



「お久しぶりです、姫。」

「……あの、写真の、ひと…………」



キルアの姿を見たは、国王ゼノから貰った写真の少年を思い浮かべていた。

まさか、まさかとは思ったがこんなところで再会できるとは。

記憶の無い自分が、突然もどかしく感じられる。



「俺についてきてくれませんか、姫。」



名前を呼ばれ、は差し出された手に自分の手を重ねていた。

目を逸らせないまま、ただ彼が少し安堵したように笑ったのを、見ていた。

キルアはの手を握って立ち上がると、再び甲冑の頭部を被りなおしてを横抱きにした。



周りの人間が唖然としてみている中を、身軽に作られている甲冑で颯爽と駆け抜けた。

「早く、追わんか!」

思わず魅入っていた兵士達が、ゼノの声にハッとしてその後を追う。


「イルミ!お前ともあろう者が…呆気にとられていたのか?」


自分の脇で立ち尽くしているイルミに、ゼノは少し嫌味っぽく言った。


「いえ。彼はおとりだったかもしれないし、国王、貴方が狙われていた可能性だってあった。

 今日一日国王の護衛に付くのは私です。そのことは前々からお話にあったはずです。」


「………」


言葉に詰った国王に更に追い討ちをかけるように、イルミは続ける。


「それに、今どういう状況なのか、一番理解できているのは貴方なのではないですか。」


ゼノは再び席に座った。そしてそれきり、イルミに言葉を返すことは無かった。

一方のイルミは、銀髪の兵士が開け放していった教会のドアを見つめていた。

その口角がほんの僅かに上がっていたことに気付いたものは、いなかった。







































































あとがき

大進展。キルアの描写がやたら美しくなってしまうのは管理人の愛ゆえ、です。笑


*輝月