暖かくて気持ちのいい日だった。 空はこれ以上ないほどに澄み渡っていて、直射日光が顔をてらす。 なぜこんな日に気に病まなければならないことがあるんだろう。 鳥達は皆楽しそうに空を飛びまわっているのに。 幸 せ っ て 何 だ っ け −04 一番に想うもののために出来ることがあるのなら 商店街まで出て来たのは本当に久しぶりだったかもしれない。 キルのところへ行くときは、殆ど裏道を使っていたから。 幼い頃に我侭を言って何度かつれてきてもらっただけだったけど、 好奇心旺盛だったあたしは何でもかんでも覚えようって必死だったんだ。 だから、このあたりのことは何でも知ってた。 こっそり城を抜け出すようになったのも、この頃からだったのかもしれない。 あたしは城下町というところが大好きになってしまった。 期待してた。城下町を歩いてるときに、あの一人で買い物をしていた男の子に会えるかもしれないと。 城下町に行ったときに買った民族衣装をまとえば、もうあたしは町に溶け込むことが出来た。 背丈もそんなに大きいほうじゃなかったから、大人たちの中に紛れ込めた。 ――ちょうど、視線が合うんだ。 背の小さいあたしと、背の小さい彼。 大人たちの隙間を行き来する中で、丁度視線の高さが一緒だった。 …あたしたちは鉢合わせた。 「あ、君はこの前の!」 「……もしかして……この国の姫様?」 男の子は吃驚したように口をパクパクさせている。あたしは人差し指を立てて、 しっ、誰かにバレるといけないから!と言って静止させる。(もし見つかったらたちまち返らされるに違いない) 「あたしは。まぁ一応この国の姫だけど……」 「オレはキルア。よろしくな、姫。」 直仲良くなった。あたしは何時の間にか使用人の目を盗んでキルの家に行くようになってた。 キルとの出会いは、本当に偶然のものだったけどあたしはその偶然に感謝していた。 キルとはとても気が合うし、勘のいいキルはいつもあたしのことを分かってくれた。 何も言わなくても、お互いの言いたいことが直分かるようになるまでに、時間は大してかからなかった。 あたしは、自然とキルを好きになっていった。 お互いで分からないのは、ただお互いの気持ちだけだったんだ。 キルは、今迄他の誰よりも大切で欠くことなんて想像も出来ないほどだった。 のに。 「それでは行きましょうか、姫。」 「…はい。」 目の前に居る人を見れば、迷いは吹っ切れた。 そうだ。あたしはキルのことが好きだ。でも、キルがあたしのことが好きかを考えるとどうか分からない。 …自意識過剰かもしれない。そういわれても仕方ない。 でも、少し期待していたのも本当のことで、それだけいつも一緒だった。 あたしはただ、まっすぐにこの人を見つめていればいいんだ。 そして、一途な愛を受けて、一途な愛をそそぐ。それが幸せで理想的な生活。 …十二歳のあたしには、まだ早いのかもしれないけど。 「ここはとてもお菓子がおいしいお店なんですよ。」 説明をしながら頭がブッ飛んでいることに気付く。あわてて消し去ろうとする。 「姫、おひとついただきませんか。」 そういわれてはいと頷き、へこへこ頭を下げまくる店長(あわてて奥から出てきたらしい)から菓子を受け取る。 食べながらおいしいですねとか、いくつか買って帰りましょうかとか言われたけど。 はい、そうですね。 ただそう返すだけで。 ずっと低い調子で回るテンション、どうにもならない鼓動。 ドキドキしているのに変わりはないけれど、どうしても顔に浮かぶのは作られた笑みだけだった。 「お元気がないようですが」 私がそう聞いたのは本当に今度こそ彼女が心配になったからだった。 私が彼女と出会ってから今迄、それは短い間だったが一度も本当の笑顔を見たことのないような気がする。 ……良く笑い、良く冗談を言う面白い方だと前から良く聞かされていた。 だから彼女に会いに行くときはどんなことを言ってくれるんだろうと色々楽しみにしていたこともあった。 食事会のときは、やはり緊張しているのだろうと思った。顔もどこかぎこちなかった。 ……その後城の中を案内していただいた時はそれでも少し笑っていたように思うが…… どうしてだ。 私はやはり彼女を気に病ませることを…? 結婚 婚約 唐突に浮かび上がった二つの単語。 そうか…もしかしたら私が婚約の申し込みなどしたから…… でも、彼女は今までに沢山の人から申し込みを受けてすべてを断ってきたと聞いた。 私がいやなのであればまた前例と同じように断ればいい話だろうとも思う。 あの日、改めて婚約のことについて私が姫に話したとき、 姫は直に答えを出すのをためらっていた。 …なぜ? 私と一緒にいるとき、他の何かを考えているような節があった。 …なぜ? 浮かない顔を見ることなどしょっちゅうだ。 …なぜだ? それらの疑問を解き明かすには、私の姫への知識では到底足りなかった。 それがもどかしくて、心の中で渦巻いている。 「気分が優れないのでしたら、今日はもうここら辺で失礼いたしても…」 「いえ!そんなことは…そんな……ことはありません…よ…!」 あわてて顔を上げた姫の顔を、じっと見つめる。 そうすると、視線を逸らしてはいけないような気がして逸らせなくなる。 「姫…貴方が気に病んでいることは何ですか。」 「気に病んでなど…」 「とても悲しくなります。貴方がそうやって無理をなされているのが良く分かってしまう。」 姫の動きが、とまった。 「私は無理などしていませんよ。第一…何を気にやむ必要があるのです?」 「では、私の向こうに誰を見ているのですか?」 今度こそ、彼女の笑みまで止まった。 図星だったらしい。いけない領域と知りながら、そこまで入らずに入られなかった。 …そうでもしなければ、このまま彼女が傷ついていくような気がして。 「…誰も見てなど…」 「嘘だ。いつも暗い顔をしているかと思えば上の空。貴方を見ていれば…分かってしまう。 貴方は私を見ているようでその向こうに誰かを浮かべているようにしか思えません。 ……貴方の気に病む理由が私の婚約なら、喜んで破棄します。どうか、本当のことを申してください、姫。」 「私は…」 姫は、少し笑んでいった。 「王子の向こうに誰かを見てなどいませんよ。それに婚約を破棄するのなら、もうとっくにしています。 私は王子なら…幸せな生活ができると思って王子と今こうして一緒にいるのです。 …そのことには、誰にも異論は言わせません。だから、そんなことおっしゃらないで…」 どうか、おっしゃらないで。 あたしの気持ちが王子にあるということ。その浮かべていた人物とは…一生結ばれないから。 …かなわない想いを選べるような状況じゃないから。 キルの代わりじゃん。 そう言ったらそれまでなのかもしれないし、否定する気もない。 でも、代わりとは思いたくない。それだけ王子も大事な存在だから。 「姫……」 今迄、彼女に結婚を申し出た王のうち何人が、この内面の優しさを知って近づいたのだろう。 恐らくそれは皆無に等しいだろうと思った。とてもこの姿は十代前半の子供のものとは思えなかった。 ……私に心配をかけないように、頑張って笑っているのが分かってしまう。 自分は昔から人の気を悟るのが上手いといわれてきたが、それが裏目に出た気がした。 姫の手を取る。これ以上、無理はしてほしくないから詮索はしないことにした。 姫も、自分の手を握り返してくれる。 お互いに何も言わなかったが、手から通じる温もりでお互いが分かるような気がした。 何気なくが視線を上げる。何をしようと思った訳ではない。 だが、それが間違いになるとはも知るはずもない。 「ぁ……」 小さく、つまるような声が洩れた。 目を疑った。そして思わず王子の手を離してしまった。 向こうも、こちらを見て驚いたに違いない。目を丸くして、言葉も出ない様子だった。 ……今日は時間も遅いから、会わずにすむものと思っていた。 そして、見られてしまったことに絶望を感じた。 ……手を握り合っている瞬間。 「(なんで…なんでこういう悪いタイミングで…!!)」 せめて王子と並んで歩いているときなら良かった。 それなら、見られても平然としていられたはずだった。 視線の合った相手……キルは踵を返して駆けていった。 激しく追いかけたい衝動に駆られた。(追いかけたところで何も出来るはずはないけど) クラピカ王子は驚いての視線を追った。 キルはもう小路に入った後だったことは不幸中の幸いだった。 何かと問う王子に何でもありません、と首を振った。 ……気付かれただろうか。今のあたしの心が。 +++++ あとがき 素晴らしいほどの更新の遅さに乾杯(忙しかったんだもん) ナルトも書きたかったけどやっぱりこの連載も終わらせたい。 あんまり長く続けるつもりなかったのにどうしたんだこれ!(もうなんかだめだお前) *輝月 |