誰も、傷つけたくなんか無いのに

ただ皆が笑っていつもと変わらない生活ができればいい

皆がお互いを思いやって生きていく

それだけじゃ駄目なのかな





















































せ っ て 何 だ っ け  −05
               
一番に想うもののために出来ることがあるのなら




















































今日は、星も無い。




あの後、何があったのか自分でも良く分からない。

考えようとしても思考はめぐらないし、何を話したのかも直忘れる。

……明らかに可笑しかった。

王子は怪訝な顔を見せながらも、色んなことを話しかけてくれた。

……その行動はまるでさっきのあたしの行動を忘れようとしているかのようでもあった。


「どうしたんだろ、全く……」


帰ってきてからも、着替えもせずただベッドに横になった。

お風呂の準備が出来たと使いが来て、お風呂に入って。食事も口に運んだのは飲み物だけだ。

本当に、

「どうかしてるよ。」

何もする気がおきない。


ただ何度も何度もあの瞬間に引き戻された。

あの時こうしていたら、ああしていたら、どうなっただろう。今となっては何もかも遅いのに。


思い出したくないのに思い出させるのが自分の本心だと分かったのは、夜半を過ぎたあたりだった。


何処までも後悔していた。

キルに見られたこと。王子と手を繋いでいるところを。




たったそれだけのことでこんなに気にかけてしまうあたしはきっと……




また、いつもの様にベランダに立つ。

空に薄い雲が張っているせいで星は一つも見えないけど、朧ながらに月の光は捉えられた。

外の景色を見渡す。


小さい頃からのクセだった。あたしは何かあるたびにこうやってベランダに出る。

雨の日は流石に濡れてしまうから無理だったけど、それでも窓から眺める位好きな景色だった。

夜風に吹かれて此処に立ち、何処までも広く続く森と空を見上げると、心が落ち着く。素直になれる。



「また、会えるかな。また、会ってもいいかな。」


一方的に想ってるだけかもしれないけど。キルは何も思ってないかもしれないけど。

やっぱりどうもこう、スッキリしないことは嫌いな性質の様だ。



「明日、会いに行こう。」






そうしなければ、あたしが嫌だ。




































次の日、(寂しくも嬉しくもあるが)何の予定も無いあたしは自由な時間を与えられた。

会いに行かなきゃ。


ピュー、と軽く口笛を吹くといつものように大きな白い鳥が遠くから飛んでくる。

初めてこの子に乗った時は随分と悪戦苦闘した。

寂しさを紛らわすために吹いた口笛に何処からともなく鳥が呼び寄せられてきたのである。

と思うと、窓部の少し下にくるとその場に停止しているのである。

当時のあたしはとにかく頭にハテナマークを浮かばせていたが、ついに飛び降りる決心をつけた。

鳥は、この城のことを分かっているのかいないのか。

……飛び降りて窓辺から鳥に飛び移ったその場所は、丁度どの窓からも死角になっていたのだ。

(ベランダがあるのは森の方向ではあたしの部屋だけだった。)



慣れとは、怖いものでもあると何だか改めて見に沁みて分かったような気がする。

はたから見れば自殺行為に相当するからである。

最近になるとためらいもなく飛び降りている自分を客観視したら明らかに引いているだろう。







部屋の戸を叩く。つとドアが開き、少し驚いたような顔をしたキルが戸からのぞいた。


「……入れよ。」

「怒ってる?」

「何で」


キルがくるりとこちらを振り返る。何で、といわれたらなんとも言いようが無い。

まさか、「あのことに嫉妬したか」なんて口が裂けてもいえない。

こんなことを考えているあたり、あたしは自意識過剰もいいところだと思う。


「ううん。なんとなくそう思っただけ。」

「なんとなく?」

「……うん」


中に入って、ソファに腰を下ろす。キルも珍しく隣に座った。


「……昨日、王子と城下町回ったんだけどさ」

「知ってる。」

「あ、そりゃそうだ」

「…結構良いとこまで話進んでんだろ?良い人らしいじゃん。上手く行くといいな。」

「………」



痛い。

痛い。

痛いよ。



そんなこと言わないで。真剣に応援なんてしないで。いつもみたいに笑ってごまかしてよ。

そうじゃなきゃ、此処に来た意味なんて無い。





「っていうかお前、それならこんなとこにいて良いわけ?」

「うん。今日は何にも予定ないからゆっくりしようかと思って。」

「そういう意味じゃねぇよ。」

「え?」

「……だから、婚約相手決まったんならこういうとこいたら駄目じゃんか。

 国単位で変な勘違いされたら大変なんてもんじゃねぇだろ、お前もオレも。」



そうだ。普通に考えれば当たり前のことなんだよ。

キルは、どんどんあたしの頭に冷たい氷を詰め込むかのように脳をさます。


一人でへんな期待をしてたあたしが馬鹿だったんだろうか。

『あんな奴と婚約なんてするなよ』

そんな風に一言でも引きとめられたら、きっとあたしはクラピカ王子を突き放していただろう。

確信を持って、そう思える。




「ねぇキルア。」


キルア、と呼んだことにピクりと反応したキルを横目で見る。きちんと呼んだのは何年ぶりだろうか。


「あたし、本当にこのまま婚約していいのかな。」

「は」

信じられない、と言ったような短い笑い。

「そうに決まってんじゃん。」




そんなわけ無いじゃん。


キル以外の人と、婚約して良いわけないじゃん!!




「あたしは!!…あたしは……」


胸にあふれる衝動を抑え切れなくて、涙が出た。

何があっても絶対に口に出してはならなかった言葉が、躊躇いもなく口をついてでる。



「あたしはキルが好きなのに!大好きなのに!…一人の男の人として!!」



返事が、返ってこない。涙を拭って、キルを見る。



「お前……」



何を言われるか、なんて、その時のあたしには冷静に考えることができなかった。

ただ、キルの目がいつもと違うことに気付いたときにはもう手遅れだった。



   最 悪 だ



「馬鹿じゃねーの?お前がどう思ってるか、どういう目で見てるか知らないけど……

 オレはお前のこと好きだなんて思ったことねーよ。

 そういう無駄な思考働かせてんだったらもっと違うこと考えろ。」



酷く冷たい、今迄見たことの無いような目だった。

キルがキルじゃないみたいで、怖かった。自分の目を、耳を、キルを感じる全ての器官を疑いたかった。























  こ ん な の


  キ ル じ ゃ な い































「でも……あたしはキルが…」

「今回の相手に納得行かないならまた婚約破棄でもなんでもすりゃいいんだぜ。

 お見合いの相手なら何処の国からでも来るだろ。」

「そんな…ねぇ、お願いだからそんなこと言わないで。ねぇ、キル…」

「帰れよ。」




頭が真っ白になった。




「いい加減、帰れよ。こんなとこにいちゃ駄目だって、言ったはずだぜ。」


こらえ切れなくて、力任せに立ち上がった。ドアノブに手をかける。

けど、ノブをまわす前に躊躇った。

 ・・・
「キルア、最後に一つ聞いて良い?」

「…………なんだよ。」



大きく、息を吸って。




「本当に……本当に…あたしのこと……好きだって、思ったこと無かったの?」

「……ああ。」



これで、よかったんだ。



「そう。……じゃあさようなら、キルア。」

「………おう。」




あたしはもう何も分からなくなって、どっちに何があるかも忘れて、感覚的に鳥を呼んで…

気がついたらベッドに横になって寝ていた。







「あれ…どうしたんだっけ…今日何したんだっけ………」



起きたときあたしは、


























































今日の一切の記憶が無かった。





































「あれ…おっかしーな……」


自分の頭を叩いてみた。揺すってみた。駄目だ、何も思い出せない。


「な、何だ?あたし今日一日ずっと寝てたの!?あー一日休みだったのにもったいないことした…」


次いで、原因不明の涙が溢れ出す。理由もないのにやたら悲しい気分だった。

笑ったまま泣いた。


「あっは…何も悲しいことなんて無いのに…ふふふ、可笑しくなっちゃったのかな、あたし。」


どうしようもないから、泣きたいだけ泣いた。

























あたしは注意を欠いていたんだ。



だからあんな単純な罠にも気付かなかった。



キルアが婚約の件に巻き込まれるなんて



思いもしていなかった。



少なくとも、キルアの家にいたときまでは。




は、キルアに関するほとんどの記憶を失っていた。


ショックのために記憶の一部を消してしまったのである。

























































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あとがき

記憶喪失少女ー!よくありますよね、ショックで記憶が無くなるとか、そういう話。

キルアとキルの違い、分かっていただけたでしょうか?

この連載もやっと折り返し地点と言うか…後半戦に入っていきます。

ホント、始めた当初はこんなに長くするつもりは微量もなかったのに、

書いているうちに色んなエピソードを入れたくなって長くなってしまいました。

どうぞ引き続きよろしくお願いいたします。


*輝月