涙が枯れたら、同時に悲しみも枯れてしまえばいいのに。

そうすれば、二度と悲しい想いなんてしなくてすむのだから。


















































せ っ て 何 だ っ け  −07
               一番に想うもののために出来ることがあるのなら

















































あたしが今日城内を歩いているのをみた?

そう尋ねると執事は首を横に振った。

いいえ、申し訳ありませんが私は存じ上げませんでした。それだけ言った。

あたしは首をかしげる。それならやっぱり部屋の中にこもっていたんだろうか。

でも、それにしては随分疲れた気がする。寝すぎなのだろうか。


「…おっかしーな…ほんと。」


怪訝な顔をする執事にそのことを大方はなして聞かせてみた。


「本当に、何も覚えていらっしゃらないのですね…お医者様などお呼びいたしましょうか。」

「ううん、いいの。特に他に支障もないようだし。」


執事はそれでは、といって部屋を出て行った。また無音の世界が広がる。

とにかく今一人になることはとても怖いことだった。

またすっかり忘れてしまうんじゃないか。誰かが見ていてくれなければ、覚えていてくれなければ困る。



ベランダにでようとして、大きな夕日の光がカーテンから刺すようにもれていたのに気付く。

取り合えずもう直夕食時なのだということだけは分かった。着替えて支度をしなければ……。

ふと、自分の姿を見て驚いた。……何、この服。


「……この国の民族衣装?あぁ、随分昔に手に入れた気がするけど。今更なんでこんなもの着てんだろ……。」


訳も分からないまま着替えを済ませる。








呼ばれて振り返ると、そこには心配そうな顔をした父様が立っていた。

「記憶がないとは、本当のことか。」

「はい。でも他に大して差し障りもないようなので…」

「……そうか」

「―――………?」




なぜか知らないが父様の態度が違って少し驚いた。

どうしたのか聞こうとしたがその場の雰囲気がそれを許さなかった。
























でもこのとき、ちゃんと聞いておけばよかったんだ。

父様がこの時思っていたことを。































翌日、夕食時まであたしは部屋を出なかった。外出する気にも、歩くきにさえならない。

でも、常に心臓を鷲掴みにされているいかのようなこの圧迫感と、

時折何の前触れもなく突然に流れる涙は一日中続いていた。


苦しい。でも、外に出るのはとりわけ嫌だった。そうしようかと思うたびに思いとどまった。

このまま部屋にいる一人の恐怖と、得体の知れない怯えにふるえながらすごした。









どうして

なんで

こんなに苦しいのか。

あたしにはちっとも分からないし思い当たることもない。


それがまたもどかしくて、辛かった。










そんな時、執事が顔を見せた。



「姫、イルミ様がお見えです。」

「えっ、イルミ兄様?…帰ってきたんだ」


自然と少し、気分が明るくなった。イルミ兄さんにはいつもお世話になっている。

何でも知っていたし、に良く色々なことを教えてくれた。



「イルミ兄様!…ごきげんよう」

。どう?今回の婚約の話は上手く進んでるそうじゃない」


あたしの前でだけと呼んでくれるのも嬉しかった。

兄弟のいない自分にとってイルミ兄さんはあたしのお兄さんみたいな存在だった。

(それにしてはあまりに年が離れすぎていたけど。)

あたしが生まれる前からこの国に従事していて信頼も厚く、今では世界中を回っている。




「はい、クラピカ王子はとてもいい人なの。今までの人たちと違って…とても…。」

「そう、よかった。もそろそろ一歩大人になってもいい頃だしね。」




イルミ兄さんはいつも笑ったり泣いたりこそしないけど、その時の態度や言葉や声の調子が僅かに変わる。

他の人は皆気付いてないみたいだけど、今みたいなときにはとても喜んでくれてるのが分かる。



「イルミ兄様、今日はご夕食ご一緒されるんですか?」

「うん、そうさせてもらおうかと思ってる。最もまたのお父さんから仕事をもらえば別だけどね。」



前までそんなに仕事に追われてはいなかったはず(国外でものんびりしていたらしい)なのに、

急に最近になって忙しそうだ。

……やっぱりあたしが婚約するとかそういう話に関係あるのだろうか?



夕食時、イルミ兄さんは結局一緒に夕食が食べれることになった。

一緒にご飯を食べることは本当に久しぶりだ。


は、王子のことやっぱり好きなんだよね」

「だって本当にお優しいんですよ。」

「そっか…やっぱり今迄ずっと婚約破棄してきたが受理するのもわかるな」

「…はい?」

「だから、」

イルミは心底心外そうな顔をしてに再度言い聞かせる。

が婚約受理するほどの相手だったんだな、って。」







































あたしが婚約受理?










































「え、あはは、いずれはそうするつもりでしたけど」

「何変なこと言ってんの。国中もうお祭り騒ぎだけど?」


イルミ兄さんは小型のテレビを出して、その液晶画面をあたしに向けた。

そこには城下町で騒ぐ街の人々が映し出されていた。


姫ご婚約おめでとう!』


旗に書かれている文字に、一瞬眩暈がした。



「昨日王様と話していた時に打ち明けたって聞いた」

「え、は、はぁ……」


「イルミよ」

「何でしょう?」


父様がそこへ横槍を入れる。


は昨日の記憶が殆どないそうだ。……、もしかして言ったことまでも忘れたか?」

「いえ、そんなことは。」


どちらにしろ、今更取り返しはつかないのである。



そのときだった。





「クラピカ王子がおつきになられました。」





執事が父様の隣で静かにそう告げた。



顔が急に熱くなってくる。手で触ってみると、自分の手がいやにひんやりと感じられた。

イルミ兄さんに「正直者だね」とからかわれて少し悔しく思うが、熱さは引かない。









「今晩は、姫。」


いつかのように挨拶されて、不意に懐かしく思った。

何だか心がきゅっと締め付けられたようになって、王子の前であるのに涙が出てきてしまった。











「会いたかった……。」













自分の口から出たとは信じがたかった。

同時に抱きついてしまったことにも酷く驚いた。

体が、口が、目が、勝手に動く。あたしの理性を全く無視して。







もしかしたら。













ずっと胸が苦しかったのは、辛かったのは、


全部クラピカ王子に会いたかったのかもしれないと。


それなら納得できるような気がした。

























































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あとがき


うおおおお (獣)

書いてて凄い楽しいです。イルミが。(そこか)(とても個人的ですいません)

話も勿論ですけど!こういう話大好物なので(ゆがんだ愛情だ)

*輝月