「貴方達も、今を持って人間界へ行くことを許可いたします。」 やった。ついにやったんだ。あたしも人間界へ行くことが出来る! 目の前で話す先生の声を軽く聞き流しながら、叫びたい衝動をこらえる。 「でも、絶対にやってはいけないこと。それが3つありましたね、?」 「はい。魔法による人間の殺害と、魔法使用時に人間に目撃されること。 そして、魔法で時空を歪ませることです。」 「そう。もししたのなら、貴方達にどんなことが下るか…貴方達なら分かっていますね。」 「はい。」 今年の合格者は私と、その仲間の2人。あわせてもたった3人だけが、毎年人間界への行き来を許可される。 絶対禁忌を犯したものには、二度と人間界に行ってはいけないこととされている。 そして、目撃された場合は、その人間の記憶操作。つまり目撃された魔女のことを忘れさせること。 毎日の授業を真面目に受けていただけあったなと今迄を振り返ってみたりした。 人間界へ行くことを許可されたら、絶対にいってみたい場所があったんだ。 人がいっぱいいて、楽しそうで。そう、「学校」という建物。 ふぅ、今でも思い出すな、魔法学校の先生のあのまじめな顔。特徴的な文字。 あ、そうそう。紹介が遅れたけどあたしは。「魔界」から来た15歳女子! 一言で言えば「魔女」ってやつね! D o y o u b e l i e v e i n d i s t i n y ? 「冥!お疲れ様ー!」 タオルを渡しながら声をかける。とりあえずありがとう、と言って受け取った冥。 やっぱり試合が近いと緊張の色も顔に出ている。 …冥はあたしの彼氏。人間界に来てから初めて出会った同い年の男子。(家が隣だから) 無口な彼と仲良くなるのは至難の業だったけどさ。 「とりあえず、部の雰囲気もいいし、今年は良い線いけそうだ。」 ソフトボール部に居る冥のプレイを見ていると、魔法のことなんか忘れるくらい真剣になる。 そんな真剣さに惹かれたんだ。 「勝てる…かな?」 あたしの不安げな問いかけに、冥はなんだ、と言う顔であたしを見た。 「オレ達はこの引退試合に勝つためにやってきた。とりあえず、全力を出すだけだ。」 頼もしい背中を追いかけながら、そっと笑顔になった。 練習が終わって、全員が集合させられる。 「今度の大会はお前等も知ってのとおり大事な大会となる。怪我をしたり…風邪をひくなんてもってのほかだ。 それぞれ体調管理をしっかりするように。」 監督はそれを言い終えると足早に校舎へと帰っていった。 あたしたちは、中学三年生。一番大きな大会で、一番大事な最後の試合。 何があっても、皆で笑って終わりたかった。 だからあたしもその時は、よしやるぞって感じだった。 まさか、あんなことが起きるなんて。 「ふーっ…掃除終了!」 部活の後の部室掃除の分担が回ってきていたため、あたしは掃除をしていた。 外に出るともう日が沈んで、あたりは真っ暗になっている。 「あーあ、中3の年頃の女の子が夜道に一人、か。」 校門を出て角を曲がる。商店街はすっかり夜のイルミネーションになっていた。 家への小路を曲がると、商店街とは打って変わって急に街灯の数が減る。 真っ暗な道はもう何度も歩いているけど、やっぱり不安感が拭いきれなかった。 その時。 街灯まばらな暗い道の向こう側から誰かが歩いてくるのが見えた。 フラフラしていて、足元がおぼつかない感じだ。近づいてくるにつれそれがはっきり見える。 ……間違いない、酔っ払いだ。 しかもあたしの家を通り過ぎてこっちのほうへ歩いてくる。 絡まれると面倒…でもここから引き返すのも………―――結局、そのまま直進することに決めた。 この時まだ、 この判断があんな大事へ発展するとは思ってもいなかった。 通り過ぎようとしたその時、不運にもふらついてきた酔っ払いが大きく反れてきてあたしにぶつかった。 ぶつかった、と言っても方が触れる程度だったが向こうは敏感に反応したらしい。 もうすぐで家に着くというところで… 「おい、ねえちゃん!」 とっさに、動きが止まってしまった。走り出してしまえばよかったものを、反射的に振り向いてしまったのだ。 思い切り肩をつかまれる。そのまま絡んでこようとする酔っ払いを押し返すことくらいしか出来なかった。 ……このままじゃ、まずい…助けをよばなきゃ… そう思って驚いた。恐怖に声がでない。それに気付くと、急に足がふるえだした。 どうしよう、このままじゃ……! 部活から帰ってきて直夕飯を平らげると、もう一度ジャージに着替える。 外はすっかり暗くなった。これでも日が長くなってきたほうだと思っていたけど。 いつもどおり、近所をランニングするのはもう癖になっていた。 どんな時間でも無駄に出来ない。何せもうあと何週間も無いんだから……。 そう思えば部活後の時間もおちおち勉強に当てていられないと思ってしまう。 今日は県外に出ている姉貴が帰ってくる日だったから早く帰って来いといわれてを置いてきてしまったことを思い出した。 暗い道を走っているといつ誰に襲われるか分かったもんじゃないな、といつも思う。 玄関で靴を履き、そこにいるトリアエズに行って来る、とだけ告げて玄関の戸を開けた。 「……?」 最初は、男女の修羅場か何かかと思った。良く見ると全くの見間違いであることに気付いた。 「……!!!!」 男に抵抗している女性は、よく見るとだった。驚きのあまりに足に上手く力が入らない。 近くによると、酒臭い匂いがツンと鼻を突いた。大分アルコールがまわってるようだ。 が抵抗するにも関わらず、上から覆いかぶさるような形でに引っ付いていた。 「とりあえず、離れろ…」 「あ?ふざけんなよ若造が!あっちいってろ!しっしっ!!」 「………」 無視するようにまたにくっつく。が半泣き状態なのに気付いた。 もう、その拳を下げたままでいることができなかった。 思い切り、なぐった。 瞬間、自分の後ろから強い光がさした。目の前に長い影がおとされる。 殴った酔っ払いの顔が、そのライトに照らされて白く光った。 ……ほんの一瞬の出来事だった。 自分が倒れたオヤジがしりもちをついて倒れて、 うしろから来た車、がキューッとすさまじい音を立てて急ブレーキを踏んだ。 車は、丁度自分の隣で停止した。ドン、と小さくだが低く鈍い音が聞こえた。 が、はっと息を呑んだのが分かった。 …まさか……… 前を向いたまま停止していた首を、ゆっくり動かすと、その先には倒れているオヤジがいた。 本当に、一瞬の出来事だった。 あんな大事件になるなんて誰が予測できたんだろう。不幸中の不幸だ。 「……故意でなかったにしろ、部活は一ヶ月停止だ。…残念だったな。」 連帯責任。大会の欠場は勿論、部活自体が一ヶ月停止。 上からの命令なのだろう、顧問は少し悲しそうな顔で言った。 …その時の冥の顔は、もう見ていられないほど絶望に満ちていた。 『オレ達はこの引退試合に勝つためにやってきた。』 そういっていたあの自信あふれる目が、 今となってはふるえ、薄っすら涙をためていた。 『とりあえず、全力を出すだけだ』 その希望が。いとも簡単に今、打ち砕かれてしまった。 「そん…な……」 そんなことって、ない。そもそもの原因を作ったのはあたしだし。 それに冥だって勿論悪意があってやったわけじゃないんだ。なのに… よりによってこんなときに部活一ヶ月停止なんて…… 三年間冥が頑張ってきた色んな出来事が今、一つずつ白く消えていく気がした。 「どうして…どうしてですか!?冥は何も悪いことなんてしてません! それにあの人も幸い死には至らなかったって…―――」 「、もういい。止めろ。」 冥に制されてそれ以上何もいえなくなる。だけどやっぱり顧問をにらみつけてしまった。 あたしは、この時からある選択肢を考えていた。 絶対に許されない選択肢を。 ――こんなことになるくらいなら。この人がこんなに頑張った努力が水の泡になるくらいなら。 あたしの存在はなかったほうが良かった。あたしの存在さえなければ、冥は、冥は…… 時空をゆがませる魔法。 あたしがこの世界に来る前の時間まで戻せば、きっとこのことだって変わるはず。 だって、この魔法を使った瞬間に禁忌をおかしたとしてあたしは直に此処から消える。 「ねぇ、冥。」 でもやっぱりお互いのことがなかったことになること。それに躊躇しないわけがない。 「一個だけ、聞いても良い?」 確認したいことがあるから、それだけ聞ければいいから。 「とりあえず、何だ?」 「あたし達がこうして出会えたのって、運命だと思う?」 自分でも変なこと聞いてるって分かってるよ。 何なんだよ急に。冥はそういうと、少し頬を赤らめながらも言った。 ああ、この顔ももう見れないんだ。思い出せないんだ。 「そうだな…とりあえず、今此処に俺達がいることはそういうことなのかもしれない。」 「うん……そうだよね。運命だったんだよね。…だったらいつかまた…会えるよね。」 「え?」 「いや、なんでもない。ごめんね変なこと聞いて。」 「別にいいけど、どうかしてるぞお前。とりあえず浮気なんかしてないから安心しろ」 「あはは、わかってる。」 決行は、今しかない。 誰も居ない廊下に二人きり、授業中に呼び出されたから誰一人ここを通るはずもない。 …ばいばい冥。さっきの言葉、凄い嬉しかったよ。 冥はさっき自分が言ったことがそんなに重い意味を持ってるなんて知らないだろうけど。 「時間よ戻れ!」 叫んだあたしに驚いた冥がばっとこちらを振り返る。あたしの手に集められた光は、段々大きさを増していく。 そして少しずつ、あたりを白く包んでいく。 驚いて目を見開いている冥ににっこり笑うと、 「あたし、実は魔法使いなの。でも…それが今冥にバレた以上、もうここにはいられない。 ……冥は、辛い思いしなくていいんだよ。全部はあたしが引き起こしたことなんだから。 ………でもね、冥への気持ちに嘘はついてないよ。ずっと、大好きだよ。それから、ごめんなさい。」 視界が、全部真っ白になった。 後頭部を強く打たれたような感覚があって、それきり意識はなくなった。 なんだよ、それ。何でお前が消えるんだよ。何で側にいてくれないんだよ。 勝手にごめんなさいとか好きだよとか抜かしやがって。 俺には結局何も言う暇さえ与えずにこんなのに放り込んで… とはいえ、周りは白い煙のような何かに包まれて何も見えない。 のやつ……一体何のつもりだ? ?って誰だ? …俺が好きだったやつなはずだ。違ったか?そうでないような気もしてくる。 第一なんで俺はそいつのことを考えていたんだろう。 何も思い出せなくなった。 「誰なんだ……?あ、れ…俺は誰のことをかんがえてたんだ……」 ついには、何もかも、跡形もなく白い背景に消えていくような気がした。 ただ、何かが足りないような感覚が心の隅にあった。 「。」 名前を呼ばれて目が覚める。 「あれ……先生?」 目の前にある先生の顔がぼんやりと見える。その眉はつりあがっていて、怒っているんだなと感じた。 当たり前だ。時空を歪める魔法を使った上に、人間に魔法を使っているところを見られたのだから。 それ相応の処分を受けるに違いない。 「。貴方はしてはいけないことを犯してしまった。それも魔界の禁忌3つのうち2つもです。」 先生の声は怒っているような、それでいて悲しんでいるような声だった。 「先生、ごめんなさ………―――」 「謝る必要ももうありません。貴方は処分を受けなければなりません。 私にも貴方をどうしてあげることも出来ない。……受け入れなければなりません。」 体を起こすと、そこは魔界の首都にある女王の城であることが分かった。 自分が寝ているのはベッドで、どうやら客間らしい。 「あたしは…どうなるんですか?先生。」 「1つならまだしも、2つ犯した場合には…もしかすると死刑もありえるかもしれない。」 「そうですか…。でもあたし、それでもいい気がするんです。」 もう冥に会うことが出来ないのなら、死んで全てを白にしたほうがいい。 でも最後にもう一度 笑った顔が見たかった。 処刑は遂に今日これから行われる。……心残りがありすぎて逆に何も考えられない。 頭の中でここ数日ひっきりなしに冥の声がこだましている。忘れることも、もう不可能だと思った。 「セレナ。時空をゆがませること。魔法使用を人間に目撃されること。以上二つの禁忌を破ったため、処分にあたる。」 一時の感情に任せて禁忌を破ってしまったあたしは、以前にどんな善人だったとしても立派な極悪人だ。 「女王。一つだけ、お願いできませんか。」 「……なんでしょう。」 「あたしが生まれ変わるとき、冥の側がいいんです。…その後例え一緒になれなくても…どうか、冥の側に。」 「それは、貴方の想い次第です。運命を引き合わせるのはそのものの強い想い。 ……私にも、どうにかできるものではありません。……どうか、よい結果を。」 言い終えた瞬間には、頭が真っ白になった気がした。 覚えていたものが、指の隙間からぽろぽろとこぼれだしていく。 いくらとどめようとしても、すくった水の様に止めることが叶わなかった。 「……冥」 呟いたその名前が何なのかも、遂には分からなくなってしまった。 その時、一人の魔女の姿が完全に無に帰した。 D o y o u b e l i e v e i n d e s t i n y ? 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