【……キル、ア…?】







掠れたような、泣いた後のような声だった。


いくら以前ハンターをやっていたとはいえ、がその世界から身を引いてから、もう何年も経つ。

今朝方まで一緒にいたの元気な様子は何処にもない。



【キルア?…キルアなの?……返事、して】

「………ああ。」

【キ、ルア…ごめん、あたし……知らない奴等に捕まっちゃって…今朝、キルアが出てすぐあとに…。】



震えて、回らない呂律でムリに喋ろうとするからだろう、声が途切れ途切れだった。


いつまでもに喋りかけようとしないキルアに痺れを切らしたのか、エリザベスが電話を取り上げた。

スピーカーボタンを押して、キルアにも聞こえるようにする。



さん?貴方の今の状況を説明してくださる?」

【え、貴方、誰ですか?】

「いいから、説明して頂戴。」


はまだ震える声で説明を始めた。

今はある部屋のベッドにいて、周りを取り囲むように三人の男が見張りとしていついていること。

オーラを遮断される器具をつけられているようで、今念能力は使えないこと。

今まで気絶していて、目が覚めたのはついさっきだということ。


「そう、ありがとう。又後でね、さん。」

【え、ちょ、まっ…――】


が静止するのも聞かずに、エリザベスは通話を切った。








「どう?…本当のことだって分かってもらえた?」

「………」

「これでもまだシラを切っていても、彼女はどっちみち殺すことになるわよ。

 ……殺し屋の貴方なら、見ず知らずの女が一人死ぬことくらい、どうってこと無いでしょうけど。」



これでもかと言うくらいに言葉を並べると、エリザベスは小さく息をついた。



「彼女が貴方にとってどれだけ大事な存在か知れないけれど…貴方も、ウチに来れば分かるわ。

 自分がどれだけ狭い世界しか見れていないかと言うことも、」


傘に積もっていた雪を払い落としながら、言う。

そして払い落とし終えた傘を差しなおして、躊躇うことなくいった。


「彼女が、どんなに小さくて力の無い女の子かってことも、ね。」



「(こいつ……)」

キルアは射抜くような眼差しでエリザベスを見るが、エリザベスも今度は動揺しなかった。

途轍もない量の殺気を放っているキルアの心情を見透かしたかのように言葉をかけた。



「言っておくけどが、私を殺した時点で彼女も死ぬわよ。いわば、運命共同体ね。」


そこまで聞いてキルアも、盛大にため息をついた。


「……つまりオレはあんたの言うがままにしてりゃいいってことか。」

「流石、察しは早い。そう、私に黙ってついてきてくれれば、問題ないのよ。」



エリザベスがパチン、と指を鳴らすと、墓地の直傍に大型のベンツが停められた。


「エリザベス様、キルア=ゾルディック様、どうぞこちらへ。」

「中には温かい飲み物もあるの。体、冷えたでしょ。」

「…誰のせいだ。誰の。」




冷静に、判断しなくてはならない。先ほどの電話からして、が自ら行動に出ることはまず無理だ。


…助けるなら、オレしかいないんだ。


「(ごめんな、…)」


オレのせいでこんなことに巻き込んじまって、本当に、ごめんな。






















車は人気の無い道をずいずいと進み、森の中を突っ切って、開けた場所に出た。

その先に豪邸が見える。


「…あれが私の家。」

「………ふーん…」


自分の家が“アレ”だから、家の大きさで驚くことはないが、金持ちらしい豪邸だった。

ベンツはその玄関に横付けにされる。



「思ったより素直だな。…どこ連れてかれるのかと思って警戒してたんだけど。」

「そんな遠まわしな方法はしないわよ。というより、する必要が無い、と言ったほうがいいかしら?」


ふふ、とエリザベスは微笑すると、執事が開けたドアから優雅に車外へ降り立った。

大勢の使用人達が両脇にズラりと並んで、道を作っている。


「さ、いきましょうキルア。」

「……つかお前、さっきからキルアキルアって勝手に呼び捨てにしてんじゃねえよ。」

「別に問題ないんじゃないかしら。どうせ後々はそう呼ぶことになるんだし」

「…ハァ……(コイツと話してると疲れる…)」


勝手に腕を組んできたエリザベスの腕を振りほどけずに、キルアは歩いた。

…危険は何処に潜んでいるか分からない。もしかしたらこの使用人達の中にまぎれているとも分からないし、

いつでもに手を下せる場所で自分達を見張っているかもしれない。


だめだ。ヘタに動けば確実に殺られる。それも……二人とも、だ。




まだ、その時じゃない……。




キルアは持ち前の冷静さをなんとか取り戻し、豪邸の中へと入っていった。








「一つ、聞いて良いか。」

「……何かしら。」

「人質は…アイツはいつになったら解放されるんだ?」


の話題を出すと、エリザベスの表情が僅かに険しくなった。


「…今はさんのことは忘れてくれないかしら。その時が来たら、無事に解放してあげるわ。」


それ以上の追求を許さないエリザベスの視線に、キルアも問うのを止める。

そんな、あまりにも大人しいキルアの様子もまた、エリザベスにとっては面白くないことのようだった。



「(そんなに、あの子が大事なのね…。)」



わざわざあの遠い一軒家まで足を運ぶのだから、それなりの関係ではあるだろうと思っていたが、

あの女は、エリザベスが思った以上にキルアにとって大事な人物だったらしい。

…気に入らない、憎たらしい。

利用するだけだったはずの女…といっただろうか…へ、徐々に憎らしさが募っていった。




キルアとエリザベス(そしてその前後左右を取り囲む使用人達)は、広いホールへ着いた。

中央には大きなイスとテーブルがあるだけのシンプルなつくりだが、

おそらく家具の一つ一つが一般市民には手の出せないほどのものだと思われる。


「お父様、キルアを連れてきたわ。」

「…………。」


キルアが無言でいると、エリザベスの隣の席につかされた。


「今日、キルアに来てもらったのは、“決断”をしてもらうためよ。」


言わなくても分かるわよね? エリザベスはキルアにふふ、と微笑する。


「…知らねぇよ」


ぽつりと零されたキルアの言葉を耳ざとく拾ったエリザベスは尚も続ける。


「またそうやってシラを切るのね。…まあ、いいわ。答えないわけには行かなくなると思うから。

 さ、本題に入りましょう。」


エリザベスは落ち着いた様子で言うと、キルアと父親の顔を其々一瞥したあと、一呼吸おいていった。


「ずばり、選んでほしいのよ。ここで、私と一緒になるか否か、をね。」

「んなの、答えなんか」

「…決まっている。そのはずでしょう。」

キルアの言葉を先読みし、遮る。

「ただし、条件付よ。……私を選んでいただかなかった場合…さんは、殺すわ。」

「…は…?」

「まぁ、最後まで話を聞いてくれないかしら。わたしもただ単にあの子を殺したいわけではないの。

 殺すといっても、つまりは…“交渉決裂と同時にあなた方を敵とみなす”ってことよ。

 うちのものに殺されるか、殺される前に逃げるか。一種のゲームみたいなもの、ね。」



そんなこと、できるわけが無い。…オレの本職は殺し屋だ。

……お前らに、オレが止められるとでも?

ゲーム、と呼ぶには…結果が見えすぎてんだろ、コレ。




無理矢理体に染み付けられた殺しの感覚が、そんな思いをよぎらせる。

が、

「言い忘れたけど、貴方を追跡した時のハンター、また雇ったのよ。」

その一言がキルアの思いに黒い雲をかけてしまう。

どれほどの実力を持った者か知らないが、未知数であるが故に、不安も倍増する。



「もちろんこれは、ただ貴方を脅したいわけじゃないわ。……何度も言ったでしょう?

 私は貴方を幸せにしてあげられる自信がある。…あの子よりも、ね。

 だから、私にチャンスをくれないかしら?もちろん、OKしたところで急に結婚になる話でもないわよ。」


自分に絶対の自信を持っていると見えるエリザベスの発言。

街を歩けば誰もが振り返るような美貌、人間なら誰もが飛びつきたくなる財産、後ろ盾。

彼女はそういうものを全て持っていたからだ。


そういうものが、全てだと思っているから、だ。






「…………」







キルアは、ゆっくりと目を閉じた。

駆け回る、無邪気な一人の少女の姿が映る。



父母との約束だから、といってラインセンスをとりはしたが、それを覚えた念で自ら封印した彼女。

無駄な殺生を好まないが故に、ハンターからも身を引いて、人から隔離された空間で暮らし始めた彼女。


それなのに、それなのに、



自分が、こんな世界に、また、引き戻してしまったんだ。






「悪いけど、アンタの期待には、答えられないね。」


キルアが紡いだ言葉をきいたエリザベスは、半分は心外そうに、半分は予想通りといった様子で笑った。

笑ったまま、ボソりと呟く。



「……そう、残念だわ。とても残念だわ。でも、やはり貴方があの子のもとへ行くのを、

 黙ってみてるなんて、私も堪えられないわ。…そうでしょ?貴方も私の立場ならそう思うでしょう?」




エリザベスはキルアのほうをちら、と見て、こんどは使用人へと視線を移した。



「……さんを。」

「はい、只今!」


ギィ、と一箇所のドアが開いて後ろ手に両腕を掴まれたが入ってきた。

キルアは冷静を装ってその様子を見ていたが、のほうはキルアを目にした瞬間に飛び上がった。


「キ…ル、ア……!」


動こうとするが、後ろにいる男が手を掴んでいるために叶わない。


「手を離してあげて。」

「…御意。」


解放された瞬間に、は走ってきてキルアに抱きついた。


「…ごめんな、さい。」

「つか、謝るのはオレのほうだって。まぁ…とにかく今は顔上げろ、。」


キルアに指摘されて、はキルアから離れてしゃんとする。

だがその手が、足が震えているのをキルアは見た。

…張り詰めた実戦の空気は、にとってはとても久しいものなのだろう。



「…五秒間だけ、時間を差し上げます。どこかの逃げるなりなんなりして構いません。

 その五秒間だけは、誰も手を出さないわ。」



スタート、と合図がされた。




5、




キルアはの手を取って真っ直ぐに窓へ走った。

ホールに入って突き当たりの壁は、一面が窓ガラスで覆われていた。




4、




が途中で絨毯に蹴躓きそうになり、キルアの手を思わず引く。

その様子をエリザベスが無表情で見ながら、またカウントする。




3、




キルアが後ろを振り返って、助けながらも、尚ひた走る。

ホールは、思ったよりも広いらしい。を気遣いながらでは、尚広く感じる。

カウントダウンがやけに早く感じ、自分の足がやたらと遅く感じる。





2、





窓の前まで辿り着いた時、キルアはを内側に抱えた。

そして、一心不乱に、窓へ


飛び込んだ。





1、





ガラスの割れるけたたましい音がホール一体を埋め尽くし、二人の体が宙へと投げ出された。

1、というカウントに、使用人たちが銃を構える。






0。






キルアとの姿が外界へと消えた瞬間、後を追うようにしていくつもの銃声が響き渡った。







もし、窓へ飛び込んでいなかったら、

戸からの脱出を図っていたら、

一秒でもキルアが飛び込むのを躊躇ったら、






二人がどうなっていたかなど、言わずとも分かるほどの数の銃声、だった。











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